「おかえり、瑠璃」


 席に戻ると、沙耶ちゃんがニヤニヤしながら話しかけてきた。


「瑠璃と彼氏、ほんとうに仲良いよね。特に彼氏のほうが、瑠璃のこと大事で仕方ないって感じ」


 ニヤけ顔の沙耶ちゃんにからかわれて、なんだか顔が熱くなる。


「そ、そんなことないと思うけど」

「そうかなあ。なんか、ふたりは、遠目に見てても、ふつうのカップルより特別って感じがするけど」

「べ、べつに、ふつうだよ」


 沙耶ちゃんに言われて、私は熱くなる顔をパタパタと手のひらであおいだ。


 ふつうにふたりで話してただけなのに。沙耶ちゃんから、どんなふうに見えてたんだろうと思うと、恥ずかしいし、照れる。


 もし、私と稀月くんがふつうよりも特別に見えるんだとしたら……。それは、私たちが当日同時刻に生まれた魔女と使い魔だからっていうのもあるのかもしれない。


 そんなことを思いながら、私は左手首につけているブレスレットに触れた。そこについたラピスラズリを指先でそっと撫でていると、担任の先生が教室に入ってきた。


 まだ昼休みは十分ほど残っていて、先生が来る時間じゃない。それに、五時間目の授業は、担任の担当科目の授業ではなかったはずだ。


「先生〜、時間早いし、教室も間違ってるよ」


 クラスメートのひとりが、笑いながら担任の先生に指摘する。


「わかってるよ。授業で来たわけじゃないから」


 担任の先生は苦笑いでそう返すと、なぜか私のところに歩み寄ってきた。


「宝生さん、ちょっといいかな」

「はい、なんですか」


 急に、何の用事だろう。不思議に思って首をかしげると、担任の先生が少し話しにくそうに沙耶ちゃんのほうを見た。


「実は、宝生さんのご家族のことで……」

「家族……?」


 家族って誰のことだろう。親戚ってことになってる蓮花さん? それとも……。


 ふと、椎堂家の両親や茉莉の顔が思い浮かんで、胸がザワザワする。


「少し、廊下で話していいかな?」


 担任の先生は、控えめな声でそう言うと、私を教室の外へと促した。


 担当の先生とふたりで廊下に出ると、


「実は、宝生さんのご家族だという女性が君に会いたいとおっしゃってるんだ。病気で入院しているご家族が危ない状況で君に会いたがってるって……」

「もしかして、茉莉のことですか……?」


 心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。


 危ない状況ってどういうことだろう……。


 先生の言葉に、私は冷静さを欠いてしまう。


「危ない状況ってどういうことですか……? 会いに来ているのはどんな人ですか?」


 私が咄嗟にそう言うと、担任の先生が表情を和らげた。


「ああ、思い当たるご家族がいるんだね。すごくお若くんが見える方で、何となく少し不自然な気もしたんだけど……それならよかった。宝生 蓮花さんとおっしゃられていだけど、お姉さんかな……?」

「蓮花さん……? 蓮花さんがいらしてるんですか……?」


 戸黒さんが街に現れて、確保されようとしている。そのタイミングで蓮花さんが来たことに、違和感を覚えないわけではなかった。


 でも、茉莉が危ないと思うと、胸がそわそわして落ち着かない。


 もしかしたら、茉莉に何かがあったことがNWI経由で宝生家に伝わって、蓮花さんが私を迎えに来たのかもしれない。


 茉莉が危篤で、最期に私に会わせようとしてくれているのかも……。


 だとしたら、早く行かなくちゃ……。


 茉莉の病状が重くなったことは、これまでにも何度もあった。点滴をつけられて、病院のベッドで苦しそうにしている茉莉の姿はかわいそうで見ていられなかった。


 早く治るようにと毎日祈っていたけれど……。


 茉莉の病状が悪化したのは、私が《心臓》をあげなかったせいだろうか……。


「宝生さん、大丈夫? 応接室に案内するから、先生と来てもらってもいいかな?」


 震えながら頷いた私は、


「あの、ちょっとだけ待ってください」


 と先生に断りを入れた。


 稀月くんに話してから行かないと、心配をかける。


 これほど冷静さを欠いた状況で、稀月くんへの報告を意識できた自分が立派だと思う。


 心を落ち着かせるために深呼吸して、稀月くんの教室を覗く。


 この学校に転校してきてから、稀月くんはほとんどクラスメートたちと交流を持っていない。


 最初は稀月くんに興味を持って話しかけてきてくれた子もいたみたいだけど、稀月くんが素っ気ない態度をとっているうちに、みんなあまり話しかけてこなくなったらしい。


 だから、教室を覗けば、稀月くんはだいたい、自分の席に座っている。それなのに、こんなときに限って稀月くんの姿が見えなかった。


 ついさっきまで廊下でふたりで話していたのに、どこに行っちゃったんだろう。


 困っていると、ドアの近くの席に座っていた女子生徒が私のことを見てきた。


「あ、あの……、き、づ……、宝生くんはどこに行ったかわかりますか?」 


 目が合ったタイミングで、思いきって訊ねてみると、彼女がちょっと考えるように首をかしげて「あ」とつぶやく。


「宝生くんなら、さっき、日直の仕事があるからって先生に呼ばれてたよ」

「そうなんですね……」


 稀月くん、日直だったのか。そういうの、頼まれたらちゃんとやるんだな。


 嫌そうな顔で、しぶしぶ仕事を引き受けている姿が目に浮かぶ。


 でも、どうしよう……。ちらっと後ろを振り返ると、担任の先生が私のことを待っている。


「あなた、宝生くんの彼女だよね。戻ってきたら、あなたが来てたこと伝えとくよ」 


 私が困っていると、ドアの近くに座る彼女がそう言ってくれた。


 転校してきてまだ一ヶ月ほどだけど、私は稀月くんの彼女として他のクラスの子にも認定されているらしい。


 ちょっと恥ずかしかったけど、彼女の親切は嬉しかった。


「ありがとう。じゃあ、戻ってきたら伝えておいてほしい。妹のことで蓮花さんに応接室に呼ばれてるって」

「蓮花さん……? わかった。伝えとくね」


 私は彼女にもう一度お礼を言うと、担任の先生のところに戻った。


「お待たせしてすみません」

「大丈夫だよ。もうすぐ昼休みが終わる前に急ごう」


 私は担任の先生に案内されて、校長室の隣にある応接室へと向かった。


 今から一ヶ月ぶりに茉莉に会あるかもしれない。そう思ったら、心臓が破裂しそうなくらいにドキドキした。


 茉莉は、突然連絡が取れなくなった私のことをどう思っているだろう。怒っているかな。


 いや、茉莉だったら……。


『お姉ちゃん、無事でよかった!』


 そう言って、少し目を潤ませながら笑ってくれるような気がする。


 でも、それは茉莉に意識があればの話だ。


 もし、話もできないような状況だったらどうしよう。


 私は、「さよなら」も言わずに茉莉の前からいなくなったことを一生後悔するだろう。


 茉莉は、私の《心臓》を奪おうとしていた椎堂の両親や戸黒さんの企みをいっさい知らない。


 何も知らずに私を椎堂の家に無邪気に受け入れてくれた茉莉は、私にとってかわいくて大切なお姫様だった。


 いろいろと考えているうちに、応接室についてしまう。

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