5.仕掛けられた罠
1
「稀月くん、瑠璃ちゃん、このニュース見た?」
宝生家に来て、一ヶ月が過ぎた日の朝。
朝ごはんを食べていると、大上さんが、私と稀月くんにスマホでニュースを見せてきた。
そこに載っていたのは、昨夜、九州で起きたという事件。真夜中に十代の少女が刃物を持った男に襲われて、重傷を負ったというものだ。
少女は銀のナイフで心臓のあたりを狙われたが、犯行現場の近くを偶然通りかかった人が通報をしてくれて、一命を取り留めたらしい。
大上さんに魅せられたネットニュースでは、犯人の捕まっていない通り魔事件として扱われていたけれど、凶器が銀のナイフだということを知って、ピンとくる。
月齢的に満月が見られるのは今夜。だけど昨夜も、ほぼ満月といっても違わないくらいの真ん丸で綺麗な月が出ていた。
「この事件ってもしかして……」
「NWIの九州支部はRed Witchと関係があるとみて捜査を進めてるらしい」
大上さんが、私の目を見てうなずく。
「たぶん、昨日の事件に関わっているのは、手っ取り早く稼ぎたい若い使い魔だね。最近はRed Witchの中でも、満月の夜の儀式を忠実に行うグループとそこまで形式にこだわらない若いグループに別れているみたい。若い使い魔のグループは、満月の夜に絶対こだわらなくても、月齢が近ければいいやって考えで犯行に及ぶから、いつ事件が起きるか予測をつけにくい。でも……、未遂とはいえ事件が起きたってことは、Red Witchは今月も魔女の《心臓》を狙ってくると思う」
「今月も……?」
「Red Witchの犯行は、毎月、満月の夜に起きてるよ。被害者を出す前におれ達が犯人を特定できているものもけっこう多いんだ。残念ながら、今回みたいに特定できずに犠牲者を出してしまうこともあるけど……」
「そうなんですね。でも、だったらもっと……」
「テレビやネットニュースで報道されてる数が多いはずだって思うでしょ」
「はい……」
「使い魔が起こす事件のほとんどは、NWIが先に対応して秘密裏に処理してるからニュースにはならないんだよ。でも、先月や昨夜の九州の事件みたいに、NWIよりも先に一般の警察に通報されると、怪奇殺人や通り魔事件として一般の人にも知られてしまう。五年前の連続事件もそうで、あのときは、事件を仕切ってたリーダーが、一般警察が被害者を発見しやすいようにわざと仕向けてたんじゃないかって烏丸さんが言ってた」
「そうだったんですね……」
五年前にゆーくんが命を奪われた事件や一ヶ月前の事件以外にも知られていない事件は何件もあるんだ。
そう考えたら、左胸がキリキリ痛くなった。
私の《心臓》だって、誰にも知られないままに奪われていた可能性がある。
稀月くん達に見つけてもらえた私は、きっと運がよかったんだ。
「それで……。イヌガミがおれと瑠璃に言いたいのは、今夜は月齢が満月だから、登下校には気を付けろってことだよな」
稀月くんがそう言うと、大上さんが頷いた。
「そうだね。実は、一週間ほど前、この近くで戸黒らしき使い魔の姿が目撃されてるんだ」
「え……?」
大上さんからの報告に、ドキリとする。
ここ一ヶ月、私の周りは特におかしな事件も起こらず、平穏だった。
新しい学校にもだいぶ慣れてきたし、友達の沙耶ちゃんともうまくやれてる。
前の学校の千穂ちゃんともときどきメッセージのやり取りをしている。
狼の使い魔に連れ去られかけて以来、稀月くんが放課後に私をどこかへ連れて行ってくれることは無くなったけれど、週末に蓮花さんや大上さん、烏丸さんがいっしょだったら、買い物にも連れて行ってくれる。
この前は、蓮花さんと大上さんのデートにくっついて、私と稀月くんもいっしょに映画を見た。生まれて初めて映画館で見た映画は、音も映像も迫力がすごくてめちゃくちゃ感動した。
普通の高校生活がどんなものなのかわからないけど、私は椎堂家にいたときよりも、自由に過ごせていると思う。
おかげで、戸黒さんのことなんてすっかり忘れてしまっていたから、ひさしぶりに思い出した身震いしてしまった。
戸黒さんは、今でもまだ、私の心臓が欲しいのかな。
「とにかく、今日はおれも瑠璃ちゃんの登下校のときに烏丸さんと付き添うよ」
「え、ほんとうに……?」
私みたいな高校生を守るのに、使い魔が三人体制なんて。そんなの、いいんだろうか。NWIのほかの任務は……?
心配していると、何かを察した稀月くんがふわっと私の頭を撫でた。
「瑠璃は何も気にしなくていいよ。わざわざおれ達に付き添うってことは、NWIのほうにも、なにか思惑があるってことだから」
「さすが稀月くん。察しがいいね」
「当然だ。だけど、この前みたいに瑠璃を危険にさらすような作戦はだめだからな」
「わかってる。今回は大丈夫だよ」
「絶対だからな」
にこりと人懐っこく笑う大上さんに、稀月くんはしつこいくらいに念押しをしていた。
朝ごはんを食べ終えて、学校に行く準備を整えると、私と稀月くんは大上さんと一緒に烏丸さんの運転する車に乗った。
それから、いつものように、高校の裏門側の路地で降ろしてもらう。
いつもなら、そこで烏丸さんはすぐに走り去ってしまうのだけど、今日は私たちが学校に入っていくまで停車していた。
私たちが授業を受けているあいだ、烏丸さんと大上さんは近隣をパトロールする予定らしい。
「戸黒さんは、ほんとうにこの近くにいるのかな」
「もし来ていたとしても、烏丸さんがなんとかしてくれるから大丈夫ですよ。それに、今日はイヌガミもいるし」
稀月くんが、私の手を引いて学校へと向かう。
稀月くんは、五年前に兄のゆーくんを殺されてから、狼の使い魔のことを嫌ってる。だけど、大上さんのことは信用してるんだと思う。
稀月くんの大上さんに対する口調や態度は少しそっけないし、年下のくせに生意気なんじゃ……って思うこともあるけど。狼の使い魔への嫌悪感と大上さん個人を信頼する気持ち。そのバランスの取り方が難しくて、あんなふうになってるって気がする。
「それより、瑠璃は今日はいつも以上に気を付けて」
「うん」
「おれの耳があれば隣のクラスの瑠璃の様子はだいたいわかるけど、授業時間中でも気を抜かないでください。休み時間も、なるべく教室から出ないようにして。昼休みは香坂さんと食べると思うけど、少し離れたところで見てるから」
「……、うん」
稀月くんは私に対していつも過保護だけど、いつもに増して、今日は稀月くんの過保護度合がすごい。
「それから、これ」
そう言って、稀月くんが差し出してきたのは、GPS付きのキーホルダー。前の学校にいた頃、教室で別れるときに毎日のように稀月くんからもたされていたものだ。
転校してきてからは、一度も持たされることはなかったけど、今日はそれくらい気をつけてほしいっていうことなんだろう。
「わかった。今日はいつも以上に気をつける」
GPSキーホルダーを受け取ると、制服のポケットに入れる。
「また、帰りにね」
教室の前で別れるときに、にこっと笑いかけると、稀月くんはなんだか神妙な顔付きでうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます