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「お嬢様、これを」


 学校に着いて車から降りると、稀月くんにキーホルダー型のGPSを手渡された。いつものことなので、私も抵抗することなくそれを制服のポケットに入れる。そうしないと、稀月くんは学校で私のそばから離れてくれないからだ。


 私が通っているのは、企業の役員の子どもや芸能人の子どもなど、裕福な家庭の子どもが多い私立高校。


 半年前に、その私立校に入学することが決まったとき、両親が私にボディーガードをつけると言い出した。


 父は不動産関連の会社を経営する大きな企業の社長だけど、私自身は特別な取り柄もないただの女子高校生。


 父にボディーガードがつくならまだしも、私にボディーガードがつくなんて。わけがわからない。


「必要ない」って断ったら、両親は「学校が遠いから、瑠璃になにかあったら心配だ」と絶対に譲らなかった。


 そうして、うちにやってきたのが私と同い年の稀月くん。


 ただの女子校生にボディーガードをつけた両親にも驚いたけど、そのボディガードが年の近いかっこいい男の子だってことにもまたビックリした。


 だけど、高校一年生の稀月くんがボディーガードすることになったのには、いろいろ事情があるらしい。


 何年か前に事故で家族を亡くした稀月くんには身寄りがない。


 父と稀月くんがもともとどういう知り合いだったのかはわからないけれど、稀月くんはうちに住み込みで私のボディーガードをする代わりに、父から教育費や生活面での援助を受けているそうだ。


 稀月くんがうちに来たばかりの頃、家に来てくれるお手伝いさんがそんなふうに話しているのを聞いた。


 たぶん、私の両親は困っている子どもへの援助を惜しまないタイプのおとななのだ。


 とはいえ、ただの女子高生でしかない私が、ボディーガードに守られるような危険な状況に巻き込まれることなんて、まずありえない。


 それでも、稀月くんは父との契約通りに私のそばを離れない。


 私のボディーガードになってすぐの頃、稀月くんは学校でもずっと私のそばにいた。ずっとっていうのは、ほんとうに言葉通りの意味だ。


 稀月くんは授業中も私の席の横に立って、私の身に危険が起きないように見張っていたのだ。


 クラスメートたちは無表情のまま一日中私のそばに立っている稀月くんに興味津々だし、私は授業中も落ち着かないし。マジメすぎる稀月くんの仕事ぶりにひどく困った。


「学校ではちゃんと自分の席で授業を受けて」


 何度もお願いしたけど、稀月くんはなかなか聞き入れてくれなくて。


 挙句の果てには、「俺は高校は卒業できなくても大丈夫なので」なんていう始末。


 せっかく父から教育費の援助を受けているのに、ずっと私のそばにいたら稀月くんの学ぶ時間が奪われてしまう。


 マジメに仕事をしようとすると稀月くんと授業を受けてもらいたい私。その妥協案が、私が学校でキーホルダー型のGPSを持つこと。位置情報だけがわかる、子ども用の簡易なものだ。


 稀月くんと私は、席は少し離れているが同じクラス。


 ふつうに学校で生活していて危険な状況に巻き込まれることなんてまずないはずなんだけど……。


 稀月くんは、私が半径一メートル以内にはいないと何かあったときに守りきれないかもしれないから不安らしい。


 私が子ども用のGPSを必ず持つことで稀月くんが安心して授業が受けられるなら仕方がない。


「じゃあ、あとでね」


 私が稀月くんから離れて自分の席に行こうとすると……。


「お嬢様」


 稀月くんに呼び止められた。


 ほんとうは、学校で「お嬢様」って呼ぶのも敬語もやめてほしい。


 私は稀月くんと同じ年だし。なにより、本来の私は「お嬢様」なんて呼ばれるような立場の人間じゃないんだから。


 だけど……。何度言ってもやめてくれないから、最近はもう諦めている。


「なに?」


 振り向くと、稀月くんがスクールバッグを肩からおろした。


「こんなところであれなんですが……、お誕生日おめでとうございます」


 稀月くんの眦の尖った目が少しやわらぐ。


 わずかな表情の変化に気付いてドキリと胸を高鳴らしたとき、稀月くんがリボンのかかった小さな箱をさりげなく私に差し出してきた。


「これ……、もしかして私に?」

「はい。十六歳、おめでとうございます」


 稀月くんの言葉に、驚きを隠せない。


 稀月くんが私についてくれて半年になるけど、私は稀月くんのプライベートを一切知らない。


 稀月くんも、家でも学校でも必要以上には私に話しかけてこない。


 だから、私のことは警護の対象の「お嬢様」としてしか見ていないと思っていたし、誕生日を知ってるなんて思いもしなかった。


「ありがとう。稀月くん、私の誕生日知ってたんだね。戸黒さんに聞いた?」

「はい、まあ……」


 稀月くんが、微妙に言葉を濁す。


 戸黒さんに聞いたのか。だとしたら納得。


 戸黒さんは、椎堂家の家族のことをなんでも把握している。だけど私は、今まで一度も誕生日の日に戸黒さんからお祝いの言葉を言われたことはない。たぶん戸黒さんは、私を椎堂家の家族として正式には認められていないのだ。


 だから、戸黒さんが稀月くんに私の誕生日を教えていたことは意外。


 そして、稀月くんにプレゼントをもらえることはシンプルに嬉しい。


「それでは、またあとで」


 受け取ったプレゼントの箱を見つめて口元をゆるめていると、稀月くんが小さく頭を下げる。


 登校してきたら、私はいつも友達といっしょに過ごすんだ。それから放課後まで、稀月くんは基本的に私に話しかけてこない。


 と言っても、離れたところから私の動向を見守っていることには変わらないんだけど。


「うん、あとでね」


 稀月くんは私が席に着くまでのを見届けてから、自分も席へと移動する。


 

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