第2話 醜い病の姫

 リュシアの体を蝕む竜皮病。

 それは身体が次第にうろこ状のものに覆われていき、最期には動くことも呼吸することもできなくなると言われている呪われた病だ。

 リュシアはそんな自分の肌に引け目を感じていた。

 リーネにまでそれを見られたくなくて、隠そうと手で押さえてしまったくらい。

 だが、リーネの言葉はそんな拘りすら溶かしてしまう。


「……リーネがいないと、ほんと私って駄目ね。すぐ落ち込んじゃう」

「なに言ってるんですか! 姫様は私の大好きな姫様なんですから、どーんと構えて、幸せに笑ってくれればいいんですよ!」

「……ふふっ、リーネったら……」


 リュシアはリーネの言い方に笑みを漏らす。

 そのリーネは小首を傾げて、リュシアの手元に視線を注いでいた。


「……それにしても、姫様。そのお花、お気に入りなんですか?」

「どうしてそう思うの?」

「姫様の触れ方がすごく優しくて……大事そうに見えました」

「そうかしら?」


 リュシアは星鈴草のつぼみ達を慈しむように撫でている。


「姫様のしょ、所作? ってほんと品があってかわいいんですよね」

「……リーネがそう言ってくれるなら、そうなのかもね」

「あ、お世辞だとでも思ってます?」

「まさか! リーネが嘘つくわけないものね」

「えへへ、そおでしょぉ?」

「そういえば、この前いただいたリーネ特製のハーブティー、おいしかったわ」

「はい? それはよかったです、けど……?」

「あの時、『特製ですからね、ハーブの葉っぱはわたしが一枚ずつ手でちぎってとってきましたよ!』って言ってたけど」

「う」

「大変だったでしょう? あんな希少なハーブ、どこでとってきたの?」

「……そ、それは、その……ちょっと話を盛ったっていいますか……ほんとはもらったっていいますか……大げさに言った方が面白くて元気出るかなって……」

「リーネは嘘つかないものね?」

「……姫様、いじわるじゃないです……?」

「ふふ、うそうそ! わかってるから……」


リュシアは、そっとリーネの手に触れた。温かく、小さな手。


「……私の体のことを考えてああ言ってくれたし、作ってくれたんだものね。いつも優しいリーネ……本当にありがとう」


 リーネ、ちょっと拗ねた。口をとんがらせる。


「……うう、じゃ、じゃあ、そのわたしの優しさに免じて教えてください。その、姫様が大事そうにしているお花のこと」


 と、リーネはリュシアの触れている鈴なりのつぼみを見て言った。


「姫様がそれ好きみたいなので、気になってるんです」

「……そうね。星鈴草がここで芽吹いたのは本当に久しぶり」

「星鈴草っていうんですか? わたしの村では見たことないお花です」

「高い山でしか咲かないって聞いたことがあるわ。でも、ずっと前に、ここで咲いたことがあったの」

「珍しいお花なんですか。そんなたまにしか見られないお花なら、それは大事にしないとですね」

「……珍しいのもあるけれど……この花が咲いた時、お父様に言われたことがあるの」

「? なにをです?」


 リュシアは遠い目をする。


──それはかつてまだ病に冒される前。リュシアが幼かった頃。

 父である王アルゼルは外交や軍務に忙しく、滅多にリュシアと過ごすことがなかった。

だがある晩、なぜかアルゼルは一人でリュシアをこの庭園へ連れてきたのだ。

そこに芽生えた星鈴草を見せるために。


「この花はな……夜にしか見えぬ。人に見られることのない夜こそが最も美しい……誰にも見えぬところが美しいのだ」

「お父様……?」

「おまえも、きっと……この花のようになる」


その夜、星鈴草の花は咲き、月明かりに照らされて光った。

幼いリュシアはそれを夢のように美しいと思い、父アルゼルの言葉を宝物のように胸に刻んだ。


──それが、最初で最後の「父と過ごした幸せな記憶」だった。

 リュシアはそんなことを思い出しながら、アルゼルの言葉を口に出す。


「お父様は、私のことを、この花みたいに美しく咲くだろうって」

「! そうなんですね! ……王様は本当は姫様のこと、大事に思ってらっしゃる……」

「……そう、だといいのだけど」


 あれ以来、父と話したことは数えるほど。

 特に、竜皮病になってからは顔を合わせることも無くなってしまっている。


 ……こんな病になってしまって……もうお父様に合わせる顔が無い。

きっとお父様は失望されている……。

お父様からの『美しく咲けるようになれ』という言葉を違えてしまったのは私だ……。


そんな思いに囚われていたリュシアは、リーネの言葉で我に返る。


「じゃあ、噂はきっと本当なんですよ!」

「噂?」

「ええ! 今、王国は竜の卵の話で持ちきりだって、前に姫様にもお話ししたでしょう?」

「……ああ、竜がこの王国で遂に蘇るのだったかしら……」


 リュシアはおぼろげに思い出す。


「……失われていた竜の卵が百年ぶりかに見つかって、それを孵す儀式が行われるって」

「はい。王家に献上された竜の卵、それ、きっと、姫様の為に使おうとしてるんですよ!」

「どういうこと? 竜の卵と私になんの関係が?」

「竜皮病は竜の血を塗ると治るんです! そういう噂を聞いたことがあります」

「……これが、治る?」


 リュシアは自分の左目付近を手で触る。

 ざらりとした鱗の感触があった。

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