第6話揺れて、なお君を信じたくて
「……久しぶり。元気にしてた?」
そのメッセージは、何の前触れもなく届いた。
送り主の名前を見た瞬間、遥の指先が凍りつく。
──元カレ、圭吾。
もう二度と関わらないと決めたはずの人。
けれど画面に並ぶたった十数文字が、遥の心を簡単にざわつかせた。
思い出したくもない過去。
「お前だけだよ」と繰り返しながら、平然と他の女性と関係を持っていた。
それに気づいた瞬間の、自分の愚かさと、裏切られた痛み。
あのときの自分が、今もまだ心の奥に住みついている。
(なんで今になって……)
遥はその夜、駿からのLINEにも返せなかった。
既読すらつけるのが怖かった。
──駿も、いつか同じように離れていくんじゃないか。
優しくて、誠実で、まっすぐで。
だからこそ、嘘だったときの痛みはきっと、前よりももっと深い。
翌日。カフェにいる遥の前に、駿が座っていた。
いつものように優しげな表情。
けれど、その顔はどこか“作られている”ように見えた。
(……仮面みたい)
笑っているのに、心が読めない。
本当は何を思っているのか──遥にはわからなかった。
「……なんか、元気ないね」
「……うん、ごめん」
遥はそれ以上、駿の顔を見られなくて、ずっと俯いたままでいた。
まるで視線を交わせば、自分の不安があふれてしまいそうで。
しばらくの沈黙のあと、遥はぽつりと話し始めた。
「……昨日、昔の人から連絡が来て。元カレ」
「……そっか」
駿の返事も、いつものように穏やかだった。
けれど顔は見えないまま。
遥は下を向いたまま、言葉を続けた。
「その人、すごく優しかった。嘘ついてるなんて、全然気づかないくらい。
でも、全部裏切りだった。……私、それに気づけなかった自分がすごく嫌で」
「だから、駿さんが優しいほど……怖くなる。
私、また信じて、また裏切られたら……もう立ち直れないかもしれない」
──沈黙。
それでも駿は、すぐに言葉を返してくれた。
「俺は、その人と同じように見えるかもしれない。言葉だけなら、誰だって優しくできるし、信じさせることもできる」
「……」
「でも俺は、そういうのじゃなくて、“ちゃんと続けたい”と思ってる。
遥が怖いなら、その気持ちごと全部、ちゃんと一緒に歩いていきたい」
遥はそのとき、ようやく顔を上げた。
ゆっくりと、駿の目を見た。
その瞬間だった。
──彼の顔に貼りついていた“仮面”が、静かに剥がれていくように見えた。
穏やかすぎるほど穏やかだった表情が、少しだけ強さを持った本当の顔に変わっていく。
そこにあったのは、嘘のないまっすぐな眼差し。
「……なんで、そんなふうに言えるの」
そう尋ねた遥に、駿はほんの少しだけ口元を緩めて、照れくさそうに笑った。
どこか苦笑いにも見えるその表情は、まるで本心がそのまま表に出てきたみたいだった。
「……好きな人が泣いてるのに、何もしないなんて無理だろ」
その言葉が、遥の心の奥に、静かに、でも確かに届いた。
そして、ぽろりと涙がこぼれ落ちたとき──もう、“仮面”なんてどこにもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます