第2話あと少しが、遠い


土曜の午後。渋谷の映画館前は人でごった返していたけれど、遥の視界はひとりの男性にだけ向いていた。


「ごめん、待った?」

「ううん、私も今来たとこ」


駿が差し出したのは、ペアチケット。今日観るのは、少し切ない恋愛映画。遥のリクエストだった。


映画が始まってしばらく──

暗い劇場の中、スクリーンの光が二人の顔を淡く照らす。

隣にいる駿の肩が、ときどきかすかに揺れている。笑ってるんだ。

その気配が、どうしようもなく嬉しい。


そして映画の終盤。

主人公たちが、別れ際に交わした一言が、遥の胸に刺さる。


「もし、あのとき勇気を出せてたら──」


不意に、駿の手が彼女の指先に触れた。

ほんの一瞬。でも、はっきり感じた。


スクリーンが暗転し、エンドロールが流れる。

劇場の空気は静かで、でも、遥の心臓だけが騒がしく鳴っていた。


「……泣いた?」

外に出たあと、駿がそっと訊いた。

遥はうなずいて、目元を軽く押さえる。


「うん……すごく良かった。ていうか、ずるいよね、ああいう台詞」

「俺も、ちょっと刺さった」


そのまま並んで歩きながら、ふと、駿が立ち止まる。

人混みの間で、二人だけの空気がふわりと生まれる。


「坂本さんってさ、感情、まっすぐ出るよね。そこがいいと思う」

「え……」


遥の心が一瞬、跳ねた。

思わず駿の顔を見つめてしまった──彼も、まっすぐこっちを見ている。

このままなら、きっと、キスしてもおかしくない。


……けれど。


「……行こっか。混んでるし」

そう言って、駿は目線を逸らした。

肩が触れそうな距離のまま、歩き出す。


遥はその背中を見ながら、ふっと息を吐いた。

「……あとちょっとだったのにな」

その言葉は、心の中にだけ、そっと留め。未だ信じる勇気のない自分に少しの苛立ちと安堵を感じるのであった。

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