第8話 未来への一歩

 タローが作り出した花の苗を全て植え終えた破壊神は、心に重くのしかかっていた罪悪感がほんの僅かながら軽くなるのを感じた。

「これでいいのか……?」


「ええ、いいんですよー。後は適度な手間と時間が植物を育てますからねー。水をあげすぎれば根が腐って枯れますし、少なすぎてもやはり枯れてしまいます。甘すぎても厳しすぎても駄目なのは植物も生物も同じですねー。まあ、環境や運の影響もありますが……。とにかく、世界の均衡の前にこのバランスから学んでいきましょう。」


 破壊神は、タローが作り出した小さな花壇をじっと見つめ、その意義を深く考えていた。この花壇は単なる植物の集まりではなく、かつて破壊神が失わせてしまった命の象徴であり、世界そのものの縮図のように思えた。そして、この小さな命を育て上げることが、自分の罪に対する贖罪の始まりになるのだと感じた。


「これが……今の私にできることなのか……。」と破壊神は呟いた。


 タローはその言葉に満足そうに頷き、「そうですねー、破壊神さんが世界の均衡を学び直すためのステップとしては、ちょうどいいサイズ感でしょう。小さな花壇ですが、ここから緑が広がれば、荒れ果てた大地もまた豊かになるかもしれませんよー」と軽い調子で返した。


 破壊神はその言葉に勇気づけられ、再び泉からぞうさん型じょうろに水を汲み、苗や球根に丁寧に水を与えた。初めて自分の手で命を守り育てようとしていることに、彼は驚きと共にどこか新しい感覚を覚えた。それは力を求め続けていた頃には決して味わうことのなかった、静かで穏やかな満足感だった。


「不思議なものだ……私は破壊者でありながら、こうして命を育てているとはな…。」


 タローは微笑を浮かべ、「人間ってのは複雑なもので、破壊も創造も一人の中にあるものなんですよー。破壊神さんも例外じゃないってことですねー。」と応えた。「さあ、これからはこの家で過ごしながら、この花壇の様子を見て、必要な手を加えていきましょう。焦らず、気長にやっていくのが肝心ですからねー」


 破壊神はタローの言葉を胸に刻み、再び花壇の前にしゃがみ込んだ。かつて破壊しか知らなかった彼が、今は小さな命を慈しみ、手をかけている。それは彼にとっての再生への第一歩であり、失った世界への小さな償いだった。


 彼は毎日花壇に水をやり、丁寧に手入れを続けた。時と共に緑が広がり、少しずつ彩りを取り戻すその光景が、破壊神の心に微かな安らぎをもたらしていくのだった。そして、この小さな花壇がやがて新たな世界の兆しとなり、失った命への贖罪となる日が来る──彼はそう信じ始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る