第2話 2歳にして、初、死にかける。

 鑑定から暫く、俺は魔法には、恵まれなかったものの、赤ん坊時代に繰り返していた失神も、最近は起こさなくなり健康そのもの。

 原因や理由は不明だが、まぁ大丈夫だろ。

 こんなオレでも……。


「これだけで意欲的な子なら、学者の道があるかもしれない!」


 と、シスターカミラが頑張ってくれ、おかげで相当量の知識は得られた。

 本当に、シスターには感謝しかない。


 この教会は、歴代神官長の得意分野の専門書が多く残されており、意外に王立図書館には届かずとも、そこらの本屋より上質な資料を取り揃えていたのだ。


 何と言う行幸。


 今世親ガチャには完全に外れたが、対人の引き当て運は非常に良かった。

 それに……


「もう本が読めるのかい? 感心感心、他の子も君に触発されて勉学に励むようになった。偉いぞフェリックス。」


 ニコニコ顔で神官長が俺の頭を撫でてくれる。

 当初赤子の頃はどうでもよいと言わんばかりに顔すら見なかった神官長は今や一番俺に甘い。


 きっかけは何だったかというと、

 あれは俺が“身体強化魔法の応用と展開”を読んでもらってる時だった。


「子供にそのような高尚な内容が解ろうはずもない。本を破かれたらかなわんっ。やめ給え。」


 神官長が顔をしかめて言ってきた。


 あぁ――――。そうだよな。


 俺は、周囲にいる1こか2こかとにの変わらん子供を見ながら思った。


 回りにいる子は大体がお絵かきに、チャンバラごっこに、レスリング? あー、ケンカしてる(壊れたカーテンが今完全に引きちぎられた)。

 年長の子供隊長が下の子らをお説教する。


 モノ壊すうるせぇ汚す。普通のガキったらこんなもんだ。


 しかし、せっかくの情報収集を邪魔されちゃかなわん。1歳半の舌っ足らずで、内容分かってますアピールを一つ……。


「ちんかんとー(神官長)、きょーかまほーつかったりゃ(強化まほう使ったら)、けがにょおうきゅうちょちができるんじゃないでしゅか? (怪我の応急処置ができるんじゃないですか?)」


 !?


「……た、確かに……軍事訓練では衛生兵に治癒師が含まれない、あるいは死亡した時に、強化魔法で患部周囲を強化して出血を防ぐ応急処置がある……が――――。」


 神官長は、本の表紙を見てさらに驚いた。“身体強化魔法の応用と展開“

 入門書ではなく、強化魔法の戦闘以外での応用を提唱して出版された論説ではないか!?


 いや、この本では応急処置への応用は記載が見送られた――――。


 実は、神官長レオナールは以前、研究者として従事しており、魔法学園で教鞭を執っていた。

 そして、この本の出版にも携わっており、一般的な強化魔法応用の研究は彼の分野でもあった。しかし―――。


 “困るんですよ先生!”


 “困るとは!? 一般市民や下層民達は治癒師に治療してもらえず命を落としているではないですか!?”


“だから何だというのです?”


“そんなっ!!”


“良いですか? 長いものには巻かれろってやつです。お上は権威の失墜を何より恐れている。一部の人間だけが治癒を享受できるって言うのが大事なんですよ。”


“そんなに慈善事業がしたいなら、どこかの教会の神官長にでもなる事をお勧めしますよ。”


 こうして、レオナールは協会の傘下に入り、神官長を務めることになった。

 

 失意の元、孤児らを面倒見ていた彼だが、やはり、たかだか一教会の神官長などと弱い立場では、人々を助けるのは難しいことだった。


 その度重なった痛みは、やがて彼の心を閉ざし、子供らに情をかけないようにしていた。

 だが、


 この子は……。


 希望だっ!


 以来レオナールは、フェリックスに与えられるだけの知識を与えた。そんなわけで、レオナールはフェリックスにはとても甘い。溺愛する息子の様な扱いだ。


 まぁ、しかし、他の孤児たちがいい顔するはずもない。


 初めの頃は、本を破かれるとか、身体的な実害はなかったのだが、


「おい! ヒョロすけ! オレがきたえてやるからけんをとれ!」


 等と5歳のアンバーが枝を振りかざしてきた。この時オレは2歳。

 体格が倍半分。


「とちうえが、とちちたあいてに、たいかくからちて ひきょうでちゅよ。(年上が年下相手に、卑怯ですよ。)」


 つい本音が出ちゃったオレ。


 アンバーは馬鹿にされたと顔を真っ赤にして怒る。


「ひきょうじゃないっ!! けんを おしえてやるって いってるんだっ!!!」


「……おてをわじゅりゃわせりゅのは、たいへんきょうしゅくにゃので おことわりいたちましゅ(お手を煩わせるのは大変恐縮なのでお断り致します。)」


「お、おて……?」


「もうちわけありまちぇん。まだ ことばがふじゆうでちて、おききとりにくかっちゃようでちゅね。(申し訳ありません。まだ言葉が不自由でして、お聞き取りにくかったようですね。)

 こにょたびのおもうしで、おことわりいたちましゅ。(この度のお申し出、お断り致します。)」


「わぁ〜。すごーい。大人みたい!」


 隣にひっついてる女の子がキャッキャ言うと、アンバー、余計に気に障ったらしい。


「だまれっ!! おとこだったら けんをとれっ!!」


 と、枝をオレに向かって振り下ろしてきた。その反動で彼の手に持ってた枝はスッポ抜けて俺の顔に直撃……するところだった。


 その瞬間。

 バルスみたいなビカッと強い光が放たれ、枝は木っ端微塵に。


 そして、


「いたいっ! いたいっ! いたいっ! いたいっ! いたいっ! いたいっ! いたいっ! いたいっ! いたいっ! いたいっ! いたいっ!!!!!!!!!!!!!」


 うねる激痛の波が体中を襲った。


 オレは地面にのたうち回った。視界がグルングルン、頭もガンガン痛い。


 そして、気づけばベッドの上。

 なんとオレ


「魔力暴走ですな。通常、貴族子息令嬢特有のものですが。この年で引き起こすとは……。」


 俺を診てくれた医者はびっくりしていった。隣にいたシスターカミラもびっくり。


「ま魔力暴走ですって!? ではこの子の保有魔力は……。」


「強化魔法であったために命を取り留めたのでしょう。国で定めるところの上限限界量を超えている可能性も……。そう簡単には起こりませんが、魔力枯渇が起こるまで魔力を消費しないこと、そして、急激な魔力発動は避けませんと、命の危険が……。」


 強化魔法だったから命を取り留めた?

 そりゃ一体どういうことだ?


「あにょ、しょれはどういうことでしゅか? (あの、それはどういうことですか?)」


 オレお医者さんに聞いてみる。


「えっと?」


 お医者さん、何を聞きたいのかな? と当惑。

 まぁ、オレ2歳児だしな。


「きょーかまほーでなければ、たしゅからにゃかったにょでちょ? それは どーちてでしゅか?(強化魔法でなければ助からなかったのでしょう? それはどうしてですか?)」


「お、おや、随分しっかりした坊やだね……。強化魔法はその名の通り、力を強くしたり、岩のように硬くしたりできる魔法。だから、強すぎる魔力が体を駆け巡っても、体が強くなって壊れにくくなるんだ。坊やは運が良かった。氷や火魔法だと即死の危険があったからね。」


 な、なるほど。

 おっかねぇ〜。強化魔法で良かった〜。


「それにしても、これだけ強いと尋常じゃない。あの状態で、体をうまく強化できるよう魔力を操れる保証などない。今回はたまたまうまくいっただけ。二度と起こさないようにしないとね。」


 お医者さんはそう言うと、俺の首に綿を巻いた。


「この綿には魔力を吸って大きくなる植物の種を仕込んである。本来なら危険なものだが、君のように尋常じゃない魔力量を有する者なら逆に身に余る魔力を吸って正常に戻してくれる。」


「それって他の子には?」


「大丈夫。本来この植物はダンジョン内でしか育ちません。地上の太陽も強すぎるのです。

 ですから、他の人に勝手に取り付くことはありません。

 ただ、花が咲いた場合には必ず摘んでください。

 くれぐれも早めに、萎れてから種をつけるまでが早いのです。花は定期的にこちらで回収しますので、捨てずに置いておいてください。」


 へぇ~。

 後で植物図鑑で調べてみよう。


 お医者さんは帰り、俺は暫く綿を巻いた状態での生活をすることになった。


 これで一安心。なんて思いきや、この植物のせいで、(イヤ、俺が余計なことをしたせいで……)、近々もう一回死にかけることになる。


 そうそう、ベッドから起き上がり、俺がぶっ倒れた現場の、ゴミ焼却場付近に行ってみると……


「うわっ!! なんじゃこりゃっ!!」


 俺が痛みにのたうち回ったであろう地面が……


「あな? つーか、いけ!?」


 鯉を2〜3匹飼うにはちょうどいいくらいに、地面が掘られている。


「じぶんでやったんだろ!!?」


 声の主を探して後ろを見ると、昨日つかかってきたアンバーがへっぴり腰で突っかかる。


 アンバー……。

 怖いだろうに……。

 健気な奴だ。


 オレちょっとキュンと来た。


「アンバー……。おまえ、けがにゃかったか? こわかったろうに……。」


「はぁ!? お、おまえのほうが年下のくせに!!」


 アンバーは耳を赤くして逃げていった。


 なんだ……。可愛いやつじゃないか……。


 動画サイトのほっこり系動画見たような和ごみ感。


 その日のおやつを、オレはこっそりアンバーに少し分けてやった。

 やっぱりアンバーはすぐプイッと顔を背けたが、それ以来彼とは仲良くなった。

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