蒼月書店の奇々怪々Ⅸ ーみせかけの幸福ー

望月 栞

第1話

 本屋は基本的に朝から夜にかけて営業し、深夜は閉まっているものだろう。

 だが、私が居座るここは、深夜も店を開いている。この世界の人間を相手にした昼とは違った客を相手にして。

「いらっしゃいませ・・・・・・おや」

 店主であるスイの声が耳に入り、私は店の入り口に目を向けた。

 細身で色白、白髪に黄金色の瞳をした着物姿の女。その隣には、同じく白髪に白い獣耳、白いふわっとした尻尾で細い瞳の袴姿をした少年。

 どちらも人間に近い姿をしているが、当然違う。

 しかし、どちらも覚えのある気配だった。

「このようなところへ直接来てくれるとは」

 カウンター越しに呟く翠に対し、女がフフッと笑った。

「さすがですね。わたくし達が何者か、あなたにはすぐにわかってしまう」

「色んな場所を転々としていますから、行った先々であなた方の気配はよく感じていますよ」

「恐れ入ります」

「そんなに、かしこまらなくていいんですよ」

 少年が私に言った。私はさっきまで椅子の上でダラけていたのだが、女と少年が来たことでとっさに座り直していた。

「眷属であるあなた方に、いつも通りというのは・・・・・・」

「たしかに、ボク達が来たことで驚かせてしまったとは思いますが」

「何かあったのですか?」

 翠の問いに、女と少年は頷いた。

「改めまして、わたくし、弁財天様の使いである白蛇でございます」

「稲荷大明神の使いの白狐にございます。我ら、それぞれの主の命により、こちらに使わされました」

 白蛇と白狐は恭しく頭を下げた。翠はともかく、私はこういった相手と接触することはなかなかない。変に恐縮してしまう。

 近くの神社仏閣の前を通るときに、存在を感じてはいたけども。

「折り入って、頼みがあるのです」

 頭を上げると、白蛇が話し出した。

「簡潔に言うと、本に閉じ込められたものを解放してほしいのです」

「それは、魔女の仕業ということですか?」

「はい。あなたが魔女を追っているという情報は聞き及んでおりました。

 わたくし達それぞれの主へ願いをしにやってくる人間達の中に、魔女の罠によって困っている者がおりました。よく参りに来る者で、主らもどうにかしたいお気持ちがあるのですが、主らが手助けしてあげられる案件ではなく・・・・・・」

「ご存じと思いますが、ボクらの主は商売繁盛や、豊作、芸能上達などが得意分野でして。情報は集めたのですが」

「それで、僕の元へ来たんですね。具体的には?」

 白蛇が口を開いた。

「案件は二つ。一つは、死んだ者の魂を本に閉じ込め、その者の人生が物語として一冊の本に描かれるようにし、それを集めている魔人がいます。本に縛られた魂を解き放ち、魔人がやっていることをこれ以上しないよう止めてほしい」

「二つ目は、人間のトラウマや記憶を抜き取って本に閉じ込めている習慣をやめさせること。これは、魔女がやり方を伝授したらしく、教わった者は善意から行なっています。

 しかし、これをされた者は、辛い記憶に関連した人物のことも忘れてしまう。そして、本には辛い思いをしたという思いの記憶も一緒に閉じ込められるので、負の感情や思念が宿り、魔女の力が増すという仕組みになっているのです」

 これは、なかなか厄介なことになっているな。

 翠は、いつもの黒髪長身の優男姿で真剣な面持ちになっていた。

「・・・・・・わかりました。教えて下さり、ありがとうございます。やってみましょう」

 そう言うと、翠は私に視線を移した。

銀露ギンロも一緒に来てくれるかい?」

「行こう。手伝えることがあるかはわからんが」

 眷属・・・・・・というよりは、彼らの主からの頼みだ。使いを寄越して頼まれたんじゃ、行かないという選択肢はないだろう。



 白蛇と白狐が去った後、他に客がいなかったため、蒼月書店はすぐ閉められた。

 店の扉を開けると、いつものように左右に色とりどりの花々が咲く一本道に、見上げると静かに輝く蒼い月。その道を翠と共にしばらく歩けば、陽炎のようにぼんやりと襖が現れ、近付いていくとそれはしだいに、はっきりと輪郭を帯びてそこにあった。

 手を掛けずとも、ひとりでに襖は開く。翠と私はその先へ進んだ。

「彼らの敷地に来られたみたいだね」

 私達は神社の二つの社殿の前にいた。一方には二対の狐の石像と小さな赤い鳥居が連なっており、もう一方には二対の蛇の石像とそばに小さな池がある。境内には他に手水舎や灯籠、大きな赤い鳥居があった。襖は消えている。

「ここによく参拝に来る人間が困っているということだったな?」

「そうだね。まずは、白蛇さんからの依頼を片付けよう」

「だが、どうする? あてはあるのか?」

「すでに感じているよ、魔人の気配を」

 私にはわからなかった。

「境内を出れば、銀露も感じるよ」

 私達は参道を歩いて鳥居をくぐり、階段を下りた。そこでようやく、私にも気配を感じられた。

「これは・・・・・・あそこか?」

「そのようだね」

 私達は気配を感じる建物まで近付いていった。そこは白くて高い外壁、丸いステンドグラスの窓、屋根の上には十字架。

「教会か」

「さて、居場所はわかったけど、どうしようか」

「正面から乗り込むか?」

 話していると、教会の扉が開いた。人間の女が出てくる。

 目が合った。

「あら、かわいい猫ちゃんね」

 パーマをかけたおばさんと言われるような年齢層の女が、私のそばに寄ってきた。仕方がないので、翠の隣で座った。

 おばさんが翠に視線を向ける。

「野良猫? お兄さんには懐いているのかしら?」

「こんにちは。この子は僕の飼い猫でラピスといいます。愛想があまりよくないところがありますが、大人しいですよ」

「そうなのね。触ってもいい? あぁ、でも嫌がられるかしら」

「大丈夫ですよ。珍しく逃げないので、あなたには許しているのかもしれません」

 やはり、こうなるか。

 案の定、おばさんは私のグレーの毛並みを撫でてきた。撫でられることは嫌いではないが、あまり知らん奴に撫でられるのは好ましくない。

 だが、今はこれが私の役割なのだと諦める。

「この教会には、よくいらっしゃるんですか?」

「えぇ、そうよ。神父様とお話をするわ。夫もよく神父様に悩み相談からくだらないことまでお話していたけど、神父様はいつも最後まで耳を傾けて下さっていたわ。夫が亡くなってからは、私もここに来ることが増えたわね」

「お話しするために?」

「ここはね、神父様が亡くなられた人のことを本にしたためてくれるの。神父様は色んな人と交流があるから、遺族のためにそういったこともしてくれてね。夫のことも本に書いてくれて、私は時々、読ませてもらうのよ」

 翠は話を聞きながら、うんうんと頷く。

「その本は神父の方が保管しているんですか?」

「そうなの。交流してきた人達との思い出も込めているからって、手元に置いておきたいんですって。ここに来れば読めるから、私以外にも、本を求めて来る人は多いわね」

「そうなんですか・・・・・・。もし、辛い思いをさせてしまったなら申し訳ないのですが、ご主人は何故、亡くなられたのですか?」

「土砂崩れに巻き込まれたのよ。この辺りは天災が多いじゃない。地震や台風、津波、そういった影響を受けて亡くなる人は多いわ。森林火災もあったし。

 この間も雷で停電になったでしょ。近所の知り合いが階段を踏み外して頭を打って亡くなったのよ。その人のご家族も、今度本を読ませてもらうって言っていたわ・・・・・・あら」

 私はおばさんの手から逃れるように離れて、翠の腕にジャンプし、そのまま肩まで移動した。

「すごいジャンプ力ね」

「はい。猫は時折、びっくりするほどの脚力を見せてくれますね」

「フフッ。やっぱり、飼い主さんが一番よね。ありがとう、触らせてくれて。私は失礼するわ」

「お気をつけて」

 おばさんは踵を返して、去っていった。

「助かったよ、銀露」

「ふん。そう何回もしてやれないからな」

「わかっているよ」

 翠が私を撫でていると、再び教会の扉が開いた。

 私は全身の毛を逆立て、扉を睨んだ。気配が強い。

 扉から出てきたのは眼鏡を掛け、黒い服を着た男だった。こいつが神父か。

「声が聞こえると思ったら・・・・・・よくいらっしゃいました。今、他には誰もいません。どうぞ、こちらへ」

 そう言うと、神父は教会の中へ戻っていった。

「私達が来るのをわかっていたみたいだな」

「追っているのは、あちらも知っているからね。待っていたんだろうね」

「罠だろうが、行くんだろう?」

 翠は頷いて教会の扉へ近付き、開けて中へ入った。

 教会の内装は内壁も白く、天井には聖人が描かれており、高さがある。信者席が左右に扉側から大理石の祭壇の方まで並び、奥の壁には十字架が掲げられ、美しく輝くステンドグラスから光が差し込む。

 だが、先程の男はいない。

「奴はどこへ行ったんだ?」

 すると、キィィ・・・・・・と音がした。振り向くと、祭壇の左側の奥には扉があった。

「開いているね。来てほしいみたいだ」

 翠は迷うことなく、その扉を開けて廊下を進んでいく。突き当たった扉に手を掛け、翠はそれを押した。

「これは・・・・・・!」

 以前、知人のカイルの町にあった図書館と同じ内装だった。ズラリと並ぶ本棚には、きっちりと同じ背表紙の本が収められている。

「また来てくれて嬉しいですよ」

 見上げると、二階から一階の私達を見下ろす神父がいた。

 私は翠の肩から下り、神父に対して威嚇した。

「今度は神父のまねごとか」

「まねごとでも、この町の人間は皆、私を信じ切っていますよ。でも、ここには誰も入れていなくて、今は私の秘密の部屋です。あなた方は招待させてもらいましたが」

「この町は自然災害が多いと町の方から聞きました。あなたが起こしていますね」

 神父の格好をした魔人は、クックックと笑った。

「そうです。地震を起こし、台風を発生させ、水を操って津波を来させ、火災で燃やし尽くす。町全体にかけた災害の呪いで人々は恐怖する。

 私は多くの亡くなった者の魂を回収し、残された者は絶望と悲しみに暮れる。そのサイクルです。魂が宿るこの本から、亡くなる瞬間のあらゆる負の感情を魔女に差し出せるんですよ」

 魔人は恍惚とした表情で、近くの本棚から一冊抜き取って見せてきた。赤い表紙にクロユリが描かれている。

「魔女の力が高まるのが感じられますよ」

 一階の本棚は見渡す限り、隙間なく本で埋め尽くされている。恐らく二階もそうだろう。

「しかし、とても良い方法だと思ったんですけどね・・・・・・何やら、最近は誰かに嗅ぎ回られている気配はあったので気にしてはいたんですが、あなたが来るとは」

「眷属の方が知らせてくれたんですよ」

「あぁ、なるほど。この町の呪いを感知したんでしょうかね。厄介な連中だ・・・・・・ですが、せっかく集めたここの本は、魔女に献上しなくては。

 そして、できればあなた方の本も!」

 魔人が叫ぶと、翠と私の周囲に赤紫色をしたエネルギー体がいくつも現れ、鎧の兵士を象った。

「あなた方の本を手に入れられたら、魔女はきっと喜ばれます。ですから、逃がしませんよ」

 兵士が私達に向かってくる。私は自身の霊力で瑠璃色のオーラをまとい、兵士の攻撃をかわして、突進した。兵士は砕けて消えていくが、新たな兵士が次々と現れる。

「しょうがないですね」

 そう呟くと、翠は翠色のオーラを放つ。兵士達が一気に消失していく。

「あぁ、これがあなたの力!」

 翠色のオーラが落ち着くと、翠の姿がなくなっていた。

 魔人は二階の手すりから身を乗り出した。

「いったい、どこへ・・・・・・」

「本は僕が回収します」

 魔人は後ろを振り返った。私は階段を駆け上がって二階へ行くと、魔人と向かい合う翠の姿を見つけた。

「あなたは逃がさないと言いましたけど、そんなつもりはありません。僕がここに来たのは魂を浄化し、救出するためですから」

 すると、本棚から次々と本が宙に飛んでいく。風が巻き起こり、全ての本が翠色の光に包まれ、浄化されているのがわかった。

 魔人は驚愕の表情を浮かべている。

「そんな、本が!」

 魔人は再び兵士を出現させたが、私の突進ですぐに砕け散った。

 本は形を失い、それぞれに宿っていた魂が光を帯びたまま召されていった。

「それでは、あなたにお聞きしたいことがあります。魔女は今、どちらにいますか?」

 魔人は顔をゆがめた。

「あの方はいずれ、あなたと接触する日が来るでしょう。それまでは、私から言うことはありませんね」

 そう言うと、魔人は拳に火を宿し、翠に対してそれを突き出した。火が翠に向かって放射される。

 そのとき、翠の背後に水が噴出し、龍を象って火を呑み込んでいく。あっという間に鎮火したが、魔人の姿は消えていた。

「行ってしまったね」

「魔女を追う限り、またあいつと対面することになるだろうな」

「そうだね・・・・・・町の呪いも解いておかないと」

 翠と私は教会を出た。郊外のこの教会の周りに人影はない。

 翠は翠色の瞳を光らせ、自身のエネルギーを高める。まとうオーラは翠から白へと変わり、大きくなって上空へ放つ。

 それは町を覆うように広がり、結界のように膜が出来ると少しずつ消えていった。

 これは、人間には見えないだろう。物理次元に慣れすぎた者には。

「ひとまず、この件は片付いたな」

「また移動しないとね」

 翠は空間移動のため、襖を出現させた。ここへ来たときと同じ道を通って、私達はまた別の場所へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る