冷たい鉄の扉が静かに閉じ、無機質な音が部屋に響いた。

　そこはまるで感情を拒絶するかのような空間だった。白く塗られた無機質な壁、無駄のない鉄製の机と椅子。そしてその中央に座る制服姿の少年。

　まだあどけなさの残る顔には表情というものがなかった。

　島孝一は彼の正面の椅子に腰を下ろすと静かに名乗った。

「……俺は、島孝一。この基地に駐屯する部隊の指揮官だ」

　将人の反応は乏しかった。頷きも、視線すらも返さない。

　島は一度深く息を吸ってから吐いた。

　少年の肩に今どれほどの重さがのしかかっているかを思う。目の前で家族を喪いただそこに座っているだけの存在になってしまった。

　──それでも彼は生きている。

「君の名前は？」

「……石田、将人（まさと）です」

「そうか、マサト君か」

「……さっきの現場。君の家族が襲われた場所に、俺たちは急行していた。だが……間に合わなかった」

　言葉にできる限界ぎりぎりの重み。

　将人の反応はない。ただ、うつむいたまま拳を握っているように見えた。

「機械兵の出現は……十年ぶりだ。日本とロシアは形式上停戦中だったがロシアが生み出した機械兵は依然として潜伏している。ゲリラ的に動き制御は困難だ」

　淡々とした声の裏に島自身の悔しさが滲む。

「我々も油断していた。だがまさか……あんな形で民間人が犠牲になるとは」

　唇を噛みそうになる。現場に残された焼け跡、血のにおい、崩れた建物と……少年の泣き叫ぶ声。

　忘れられるものではない。

「今までも我々は機械兵への対抗手段を模索してきた。常規の兵士では太刀打ちできない。だから、“金剛兵”を育成している。君も……その一人になってほしい」

　将人の肩がわずかに震えた。

　目を上げた彼の瞳には、虚無の奥に怒りの火が灯っていた。

「……俺は……あいつらを……両親を殺したあいつらを、倒したい」

　島は静かに頷いた。

「ならば、君には選択肢が一つある。だが覚悟が必要だ」

　言葉を選びながら島は続けた。

「金剛兵は外骨格型の兵装を装着し、人工神経を通じて神経系と直結する。肉体は保持されるが常に戦闘のために強化された存在となる。……君にその覚悟はあるか？」

　将人はわずかに目を閉じた。

「……やります。俺は、強くなりたい。あいつらを、この手で……」

　島はその返答を待っていたかのように机から端末を取り出す。

　画面には銃、ナイフ、槍、そして──刀の映像。

「君の武器は何を選ぶ？」

　銃の映像に触れたとき、顔がかすかに歪んだ。

「銃は、使えません。音、あの銃声……両親を奪った音を俺は……俺の手で再現したくない」

　言葉を詰まらせながら続ける。

「だから、刀を選びます。……最初は、正直に言えばなんとなく格好よさそうだったからです。映画や漫画の中で剣士が戦う姿に憧れてました。それだけだったんです。子供っぽいかもしれない。でも……今は違う」

　その瞳に言葉では語れぬ何かが宿る。

「敵と正面から向き合って斬る。自分の手で、命を奪う。その責任を、俺は背負いたいと思った。銃のように引き金一つで終わらせるんじゃなくてちゃんと自分の選んだ“やり方”で」

　島はしばらく言葉を返さず彼を見つめていた。

「いい動機だ。最初の“憧れ”は大きな力になる。だが、戦う理由が本物かどうかは……これから証明すればいい」

「……思えば君のような存在を俺は探していたのかもしれない」

　その独白に将人が首をかしげる。

「どういう……？」

「俺はこの部隊を預かる立場として金剛兵候補生をスカウトする任務にも関わってきた。だが……多くは技術的には優れていても“理由”を持っていない者ばかりだった」

　島の視線が過去の亡霊でも見るように曇る。

「だが君は違う。機械兵と出会って恐怖や怒りをその身で知ったうえでそれでもなお戦おうとする。その“理由”が、君の力になる」

　言い終わると島は静かに立ち上がった。

「訓練場に案内しよう。同じ志を持つ仲間が君を待っている」

　歩き出す彼の背に将人が続く。

　廊下に差し込む陽の光がわずかに暖かかった。

　そして──

　訓練場の扉が開かれた。

　そこには既に数人の候補生たちがいた。汗に濡れた訓練服、静かに響く号令。

　その中に弓を構える少女の姿があった。

「彼女は佐倉澪。金剛兵候補生の一人だ。今日から君は彼女の訓練に同行する」

　将人はただ、その姿を見つめていた。

　全てを失ってなお彼は前に進もうとしている。

　失われたものの痛みを背にその歩みは確かに始まった。