1話:覚悟の扉
冷たい鉄の扉が静かに閉じる。部屋の中に無機質な音だけが残された。
そこは殺風景な空間だった。白い壁、鉄製の机と椅子。人の温もりを拒むような冷たさに満ちている。
将人はその椅子に座っていた。制服のまま、俯いたまま、まるで壊れた人形のように。
対面の椅子に腰を下ろしたのは白い軍服を纏った男だった。
「……俺は、島孝一。この基地に駐屯している部隊の指揮官だ」
静かに名乗った島の声音は感情を押し殺していた。だが、その目は揺れていた。将人の焦点の合わない視線をまっすぐに見つめる。
将人は頷きもせずただうつむいていた。肩に掛かる重さがあまりにも現実離れしているのにそれでも確かにそこにあると分かっていた。
「……さっきの現場。君の家族が襲われた場所に俺たちは急行していた。だが……間に合わなかった」
重い沈黙。
将人の頭の中にはあの音が何度も、何度も反響していた。
重金属の軋むような足音。
アスファルトに落ちる血の音。
母が最後に伸ばした手。
父が倒れ伏したとき空に舞った桜の花びら。
「機械兵の出現は……十年ぶりだ。日本とロシアは形式上停戦中だったが、ロシアが生み出した機械兵は依然として潜伏している。ゲリラ的に動き、制御は困難だ」
島の言葉は淡々としていた。だが、その奥にある悔しさは隠しきれない。
「我々も油断していた。だが……民間人がこんな形で巻き込まれるとは思わなかった」
将人の拳が机の下で震えた。静かに音もなく拳を固めていた。
「今までも我々は機械兵への対抗手段を模策してきた。常規の兵士では太刀打ちできない。だから、“金剛兵”を育成している。君も……その一人になってほしい」
その言葉に将人の肩がわずかに動いた。顔を上げる。
その目にはまだ涙はなかった。ただ、空虚と怒りとそして名前のない激情が揺れていた。
「……俺は……あいつらを……両親を殺したあいつらを、倒したい」
その言葉を聞いて島は頷いた。
「ならば選択肢は一つだ。君に金剛兵としての訓練を受けてもらいたい」
その言葉のあと島はしばらく口を閉ざし、目を細めて将人を見つめた。
「……実を言うと君のような存在をずっと探していた」
「俺のような……?」
「そうだ。機械兵を“実際にこの目で見て”そのうえで『あいつらを倒さなければならない』と心から思える人間。君が初めてではないが……だが、稀有な存在だ」
島は一息つき椅子にもたれかかるようにして天井を仰いだ。
「人は想像で戦うことはできても恐怖と怒りを心の芯に抱いて戦うことは難しい。多くの者は見ただけで折れる。あるいは怒りに飲まれて戦いの意味を見失う」
将人は黙って耳を傾けていた。
「だが君は違った。あの状況で恐怖に呑まれながらも親を殺されたあとも奴らから目を背けなかった。機械兵の姿をその目に刻んでいた。……それは訓練では得られない覚悟を形にする力だ」
島の視線が鋭くなる。
「だから俺は君をここへ連れてきた。偶然だったとはいえ、あの場で君を見つけたのは……運命だったと、今はそう思っている」
将人は拳を握りしめたまま、ゆっくりと頷いた。
「俺もそう思いたいです」
再び訪れた沈黙を、島の声が破る。
「金剛兵は機械兵とは違い、君の肉体は維持される。ただし、外骨格スーツを常時装着し神経と接続する。強大な力を得る代わりに君は常に“戦い”と共に生きることになる」
将人は目を閉じた。
両親の声、笑顔、手の温もり。あの日の桜の下で交わしたたわいのない言葉。
それを守れなかった自分。
「……やります」
「その覚悟、確かに受け取った」
島は机の引き出しから端末を取り出し、いくつかの武器映像を見せた。銃、槍、ナイフ、そして刀。
「君の武器は?」
将人の目が銃に触れた瞬間ほんのわずかに陰った。
「……銃は……無理です。あれは両親を殺した武器です。撃つという行為がどうしても自分を許せない」
将人は少し言葉を詰まらせながらも続けた。
「だから、刀を選びます」
「・・・ほう、なぜ刀を?」
島は静かに問う。
少し照れくさそうに笑いながら答える。
「正直に言えば……最初はなんとなく、格好よさそうだったからです。映画や漫画の中で剣士が戦う姿に子供の頃から憧れてました。理由なんてたぶん、それだけだった」
島は黙って聞いていた。
「でも今は……違うんです」
将人の声が静かに強くなった。
「敵と向き合って斬る。俺の手で、命を奪う。その責任を、ちゃんと背負いたいと思った。銃のように引き金一つで済ませるんじゃなくて自分の意思と技術で命を奪う。それが俺の覚悟です」
その言葉に島はふっと息を吐いた。
「なるほど。刀の扱いが難しいがその覚悟があるなら悪くない選択だ」
立ち上がった島が訓練施設へと向かう扉を開ける。
「案内する。君と同じ志を持つ仲間が待っている」
将人は立ち上がりその背中を追いかけた。
そしてーーー訓練場の扉が開かれる。
そこにはすでに汗に濡れた訓練服を纏う者たちの姿があった。
その中に一人の女性の背中が見える。
弓を構え、黙々と的に矢を繰り出すその姿。
「彼女は佐倉澪。金剛兵候補生の中でも優秀な存在だ。まずは彼女の訓練に同行してもらう」
将人は無言でその姿を見つめた。
かつての日常は戻らない。
だが、失ったすべての痛みを背負ってそれでも前へ進む――。
そう決意した少年の新たな一歩が始まった。
そして心のどこかで、誰かの声が聞こえた気がした。「ようこそ」と
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