寂しい者たちのマッチングアプリ2

浅野じゅんぺい

寂しい者たちのマッチングアプリ2

深夜の部屋は、まるで世界から取り残されたかのように静まり返っていた。壁の時計が刻む秒針の音だけが、暗闇の中で規則正しく鳴っている。眠る気にもなれず、なんとなくスマホを手に取った。画面が明るくなると、現実とは切り離された世界がそこに広がっていた。


マッチングアプリ。

何の気なしに開いたそのアプリは、無数の顔写真と短い言葉で埋め尽くされていた。


「音楽好きです」「真剣な出会いを探しています」「嘘をつかない人希望」

そんな、聞き飽きたような言葉たち。でも、その平凡さの奥に隠れているものがあるような気がして、スクロールする手を止めた。


にこやかな笑顔。旅先で撮られた写真。愛犬を抱いた姿。

どれも、「私を選んで」と訴えるようで、どこか痛々しい。

──この人たちは、いったい何を求めているのだろう。


「みんな、必死だな」

口に出した自分の声が、やけに響いた。

それと同時に、胸の奥にざらついた何かがこびりついたまま離れなかった。


上から目線だった。まるで動物園の檻の中を覗き込むみたいに、画面越しの彼らを見ていた。自分とは違う、と。関係ない、と。でも──それって、本当だろうか。


俺は誰かに「いいね」を送るわけでもなく、メッセージの返信を待つわけでもない。ただの傍観者だ。けれど、そこにどこか、薄っぺらい優越感がある。

「自分は、そんなことをしなくても大丈夫だ」と思いたいだけじゃないか。


心の奥で、小さな声が呟く。

“君も同じだよ”

それは否定できなかった。寂しさを認めたくないから、他人の孤独を消費しているだけ。そんな自分が、いちばん滑稽なのかもしれない。


突然、スマホが震えた。通知の音が沈黙を破り、画面に新しい笑顔が浮かび上がる。

知らない誰か。きっと、この人も同じように、何かを抱えている。画面の奥には、笑顔だけじゃ見えない生活と、言葉にされなかった傷がある。


「何を、求めてるんだろう」

一瞬の癒し?それとも、人生を変えるような出会い?

答えなんて、誰にもわからない。でも、ひとつだけ確かなことがある。この場所で交わされる言葉の多くは、やがて何事もなかったかのように消えていく。


俺はスマホを伏せた。画面の光が消えると、部屋の暗さがまた一段深くなる。外では風が窓を揺らしていて、どこか遠くで車の音がした。けれど、それもすぐに消えた。


闇の中で目を閉じる。

彼らの孤独と、俺の孤独。どちらが重いなんて、比べようがない。

同じように冷たく、同じように虚ろで、同じように誰にも気づかれずに、ただここにある。


時計の針の音が、いつの間にか聞こえなくなっていた。


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