なんか炎魔法使えるのは多分主人公だけの話(タイトル募集中)

翠 蘿玖@とあるお嬢様の見習いメイド

1. 炎の中に見えたもの

 目を凝らした。


 それは黒かった。


 簡単に言って地獄に思ったその景色は、まとわりつくような既視感を帯びていた。


 正体を知りたいという思いが強くなるほど、それは無慈悲に崩れてゆく。


 泣きそうだった。


 分からないまま悲しいのが気持ち悪くて、中途半端な自分の機能に怒鳴りたかった。


 知りたいと知りたくないと知らないと知ってるの、全てが共存していた。


 焦っている間にもうそれは10分の1ほどの小ささまで崩れ、もう知ることは叶わなかった。

 

 何をしてるんだっけと、ふと思う。


 現実に引き戻されるようにズームアウトしていく。


 その一瞬に、ピントがあった。


 炎に見ていた違和感に、幼い自分がいた。



◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊



 鳩時計が0時を告げる。

「13歳、なっちゃったか。」

 ベッドから腰を上げ、床が静かに軋むのを聞きながらリビングへ向かう。


「誕生日おめでとう、ガナード」

 メガネの上から僕を覗きながら、カールおじさんは言った。

 数秒沈黙する。

「うん、ありがとう」

 今までの誕生日の中で、一番早くて小さなお祝いだった。


「せっかくだし、暖炉の火でもつけようか」

「お願いしよう…気を付けて」

 暖炉の前にしゃがむ。

 大丈夫。きっとできる。魔力はたまたま充分すぎるほど持ち合わせている。


 目を閉じて、夜の冷える空気を胸いっぱいに吸い込む。

 そしてそれをゆっくりと吐きながら底に沈んでいた魔力を押し上げる。

 準備はできた。

 あとは解放するだけ。

 

 ────ボウッ


 想定よりも大きな炎の塊が、手の1センチ先から発生した。

 できた。

 炭に着火した事を確認し、魔法の放出を止めようとする。


 あれ、なん、か見える



◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊



「ガナード、もう大丈夫だ。制御できるか?」

 いつも気の長いカールおじさんに止められて、やっと気付いた。

 魔法の放出をやめる。

 さっきまで出していた炎は、暖炉の中でぼうぼうと激しく責め立てている。

 僕は一体何をしているんだ、…なにか、していたっけ?


「ごめん、なさい。なんか、ぼうっとしていたみたいだ。」

 自分でも分からなくて唖然としているのと、うっすら残る余韻にぶつ切りで返す。

「いや、いいんだ。いいんだよ。」

 もう年老いてガラガラの、宥めるようなその声に、申し訳なさが込み上げてくる。

 うん、と小さく返していつものソファに座り込んだ。


 気に入っていて毎日読んでいる魔法の本に目をやるが、今日はそんな気分ではない。

 ソファの肘掛けに顎を乗せ、ロッキングチェアを揺らすカールおじさんをちらりと見る。


 カールおじさんは親代わりで、ずっと一緒に暮らしていた。

 十数年前、炎属性のほとんどが原因不明の衰弱死をした。

 家族を亡くし、村を彷徨っていた僕を長老のカールおじさんが引き取ってくれた、らしい。


 僕は同じ属性とは会ったことがなかった。

 炎属性特有の赤い髪は人を敬遠させた。

 カールおじさんは、哀れみの目を向けず皆と同じ態度で接してくれる唯一の人だった。


 13歳になると魔法を使えるようになる。

 そして今日は僕の13歳の誕生日。


 炎魔法を使えるようになった僕は、今日から世界に旅に出る。

 そうしなければいけない。

 炎属性がごっそりといなくなったこの世界では、魔獣の影響でかつてない件数の氷漬けが発生している。

 その魔法は炎魔法で解くことしかできない。

 つまり、僕や他に生き延びた炎属性の人にしか抑えることはできないのだ。


 家を出るのは明け方の5時だ。まだ時間はある──気付けばソファに座ったまま、目を閉じていた。



 目が覚める。と、もう4時59分だった。

 針が動いて、5時だよと鳩が鳴く。


「…もう、いくのかい?」


 いつも必ず目を見て話すおじさんが、背を向けてボソリと聞いてきた。

 あぁ、ここで答えてしまったら終わりなんだな、と少し寂しくなった。

 しかしここで留まってる訳にはいかないから、なにも未練を残さないためなるべく簡潔に、あっさりと答えた。


「うん。今までお世話になりました」


 薄手の緑のポンチョのフードを深く被る。

 炎属性と悟られることへの抵抗だ。

 カールおじさんは何も言わない。

 あのお気に入りの本を鞄に突っ込む。


「いってきます」

 ドアを開けると朝日がどこまでも青い空に筋をつくりだしていた。

 その筋の数本が家の中にも差し込んで、朧げな視界にカールおじさんは見えなくなった。


 ガチャリ、と閉じる音を味わった。

 中々手すりから離せない手を、滑らせるようにゆっくり落とした。

 一回、大きく息を吸ってみると、ここにいるのがたまらなく怖くなって、土から空気に至るまでの全てから拒絶させられてるような気がして、無意識に駆け出していた。



◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊



 しばらくして走るスピードを落とし、ふいに魔法を使っている時の、むせかえるような奇妙な感覚を思い出す。


 唐突な不安に駆られる。正気を保っていられなくなりそうだった。意味もなく謝罪を繰り返してしまうような、とてつもない罪悪感が襲いかかる。



          



「──」


 地面、揺れている?いや違う、自分だ。自分が震えてる。なん、で、だ、ろ、あの世界は?炎、が炎?炎なん燃え、蜒輔?縺帙>縺?あ、ああ、ぁあああ




 きもち、わるい。




「…うえっげほげほっごほっ」


 なん、で?


「ぐぇっはあぁっはぁっおえぇ」



 頬を涙がつたっていく。

 視界が白く、コマ送りのように目を開けるたび景色が飛んでいる。

 なんの意味もなさない叫びが漏れ出る。


 炎、炎、炎、炎、炎、炎、炎


 眠るようにその場で意識を失ってしまった。

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