騎士に懐くトーリさん

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 まだ草原でソロ狩りしていた時のお話です。


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 その日、冒険者ギルドに併設された買取り所に魔物を持ち込んだトーリは、儲けの一部を現金にしてもらった。大銀貨(日本円にすると一万円相当)を財布にしまうと、ダンジョン都市の門へと駆け出す。


「ラジュールさん! ラジュールさん!」


 今日は門周辺の警戒にあたっていた騎士ラジュールは、肩にリスを乗せて元気よく走って来るエルフの子どもに見た。


「ラジュールさん、こんにちは!」

 

 手を振るエルフに、騎士はつい「転ぶなよ」と言ってしまう。

 トーリは草原の奥で狩りをする、まあまあ腕が立つ冒険者だから、普通の子どもと違い道を走ったくらいで転んだりしないのだ。


 いつもにこにこして平和そうな顔のトーリは「はーい」といい返事をして騎士に駆け寄ろうとし、近くにいた身体の大きな男にぶつかりそうになった。

 男は唇の端で笑うと、トーリを避けずに立っていたのだが。


「とう!」


 身軽なエルフの子が軽々と飛び上がり、男の頭の遥か上空で一回転して着地したので、体当たりをしようと構えていた男は空ぶってその場で踏鞴たたらを踏むことになった。

 その様子を目撃していた周りから笑い声が聞こえたので、男は顔を赤くして足早にその場を去った。


 トーリは男の存在などまったく意に介しておらず、リスのベルンは「す」と男を嘲笑した。

『おさわり禁止エルフ』とひそかに認定されているトーリのことを甘く見て、カモにしようとする人物は、このミカーネン・ダンジョン都市にはまずいない。

 試そうとした者は皆、にっこり笑顔と手酷い反撃にあっているのだ。


「お仕事は終わりましたか」


「ああ」


「ラジュールさん、僕はお金を稼ぎました。ごはんを食べに行きましょう!」


 トーリは財布の中から大銀貨を出して、ラジュールに見せた。

 この町の守護者たる騎士ラジュールの側で、子どものお金を巻き上げようとする愚か者も、この町にはいないので安心なのだ。

 だが、良識ある大人であるラジュールは「無闇に金を見せるな」と注意した。


「予算は大銀貨一枚で、美味しいお店に連れて行ってください。場合によっては五枚まで出せます。銀の鹿亭も美味しいけど、別のお店も開拓したいんですよね」


 トーリは、この町でお世話になっている(そして、最初にできた友達だと思っている)ラジュールにご馳走したいとずっと言っていたのだ。

 所帯持ちのラジュールは、今日は妻に『夕飯は食べてくる』と告げてあったので、鎧を着たままトーリと共に歩き出した。


「一枚でも出し過ぎだ。俺は屋台でもかまわんが?」


「えー、ちゃんと座って食べましょうよ。僕、エールを冷やしますよ」


「す」


 人懐こいリスが騎士の肩に乗ってきたので、ラジュールは指先でそっと撫でた。

 と、前方に先ほどの大柄な男が見えた。

 トーリは「あっ」と言って走り出すと、若い女性にぶつかりそうになった男の腕をぐいっと引っ張った。


「なにをする!」


 男は急に現れたエルフの子どもに怒鳴りつけた。


「さっきから足元がおぼつかないようだけど大丈夫ですか?」


「なんだと?」


「お姉さんにぶつかりそうになってましたよ。もっと気をつけないと、当たり屋に間違えられちゃいますよ」


 図星だったらしく、真っ赤になった男に、トーリは言った。


「ここはダンジョン都市です。腕に覚えがある冒険者は努力すれば大金が稼げます。ギルドマスターが厳しいから、まともな冒険者じゃないとこの町から叩き出されるし、真っ当じゃない手段でお金を稼ごうとする者は騎士に厳しく罰せられます」


「……」


「さっき体当たりしそうになったお姉さんも、穏やかな優しい方なんですけど、二本の剣で魔物をサックサック両断する腕前なんです。よく草原で『魔石がひとーつ、ころんころん』なんて鼻歌を歌いながら、大きな牛とか豚とかをさばいていますよ」


「!」


「おじさん、当たり屋なんてやったら、草原に連れて行かれてころんころんされちゃうかもしれません。お姉さんより強いなら、ギルドに登録して魔物を狩る方が安全に儲けることができますよ」


「……」


 しばらくトーリの顔を見ていた男は、やがて「忠告を感謝する」と呟いて人混みに姿を消した。


 トーリは男を見送るとラジュールの方に振り向き「あの人、稼げる冒険者になれるといいですね」と笑った。ラジュールも「そうだな」とほんの少し笑って言った。

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