余命3ヶ月の人形令嬢は気になる婚約者様とデートする

うさこ

第1話


 プリム・モンテローザ16歳。3カ月後に17歳になる。

 ううん、本当は7歳なのかも知れない。私の意識がはっきりしたのは10歳の頃だった。

 気が付くと両親がいて、弟がいて、女学園に通っていた。


 常識も無く、同世代が習っている勉強は全然わからなくて、まるで赤ちゃんみたいな子供だった。

 足りない頭でずっとずっと勉強をして、どうにか同級生に追いつくことが出来た。といってもその時は17歳だったけどね。


 運動なんて勉強よりも出来ない。少し走っただけで息が切れる。足が重たくなる。生命力が抜けていく感覚。

 ……それでね、私は自分がおかしいと思って、屋敷を探検したんだ。


 モンテローザ伯爵家。錬金術が大の得意な家柄。書斎で本棚を調べていたら、変なくぼみがあったんだ。


 それを押したら隠し扉が出てきたんだ。


 ……

 …………


 結論だけ言うね。私は、死んでしまった『本物』のプリムの代わりとして作られた……ホムンクルス。ただの人形……。

 全てが納得がいった。


 資料によると、私の寿命は後三ヶ月。成功したホムンクルスの稼働期間はきっちり7年。10歳の時に生まれたから17歳で死亡する。

 書物には私以外のホムンクルスの実験を書き綴ってあった。私の番号は4。ということは姉が3人いたんだ……。



 あまりの驚きに私は自分の頬をつねった。



「……痛い……痛いよ……。痛いのに、なんで、私、人間じゃないの……?」




 ****




「あら、おはよう、プリム。今日はお寝坊さんね」

「ふむ、顔色が悪いぞ。学園に連絡して休んでもいいんだぞ」


 優しいお父様とお母様。


「プリム姉様……無理はしないでください。僕が薬を買ってきましょう!」

「あらあら、この子ったらついこの間まで反抗期でプリムの事嫌ってたのに」

「ふふっ、そうやって子供は大きくなっていくんだ。よし、私も久しぶりに役所を休むか」


 背筋に寒気が走る。違和感、違和感、違和感、違和感、しかない。

 ずっと膜が張っているような笑顔だと思っていた。私を通して違う人を見ていたんだ。


 でも、もしかしたら、本当に優しい人たちで――


「……ちょっとお花を摘みに行ってきますね」


 水晶端末を録音モードにして椅子の隙間に隠す。



 ……

 ……………


『――あと三ヶ月で新しいホムンクルスと交代だ。あれは可哀想だがもう寿命だ』


『あらあら、仕方ないわね。でも、記憶は引き継げるのかしら?』


『脳に埋め込んである水晶タグを回収すれば問題ない。死体は本物のプリム復活のための素材として活用出来る』


『お父様はすごいですね。それにして、あんな出来損ないの人形が姉だなんて、だから僕はあいつの事が嫌いだったんだ』


『まあそう言うな。すべては本物のプリムを生き返らせるためだ。あれらはペットみたいなモノだ。お前もそう思え――、ん、戻ってくるぞ。おい、笑顔を忘れるな』


『あらあら、どうせ死ぬのにね〜』


 ……

 …………


 握りしめた拳から血が流れていた。……ホムンクルスでも、血が赤いんだ。

 家族は私に対してなんの感情も抱いていない。私を通してプリム本人を見ている。

 私、もう死ぬんだ。


 余命三ヶ月。


 プリムの偽物の人形。


 じゃあ、この意識は何なの? この気持ちはなんなの? この感情はなんなの!!


「うぅっ……、ぐっ、っぐっ……」


 顔を枕に沈めて嗚咽が漏れるのを防ぐ。

 もしかしたらこの部屋も観察されているかも知れない。私が気が付いたって気づかれたかも知れない。


 ただただ何十分も身動ぎもせずに屋敷の動きに意識を集中する。

 ……誰か来る気配はない。


「逃げよう……」


 この屋敷から逃げようと考えて気が付いた事がある。



「まって、私は何がしたいの? もう死ぬのに?」



 自問自答。

 私は令嬢として何がしたかったんだろう? 

 ふと思い浮かんだのは婚約者のレイ・ダライアス様の姿。ニューシティの名門貴族。


 レイ様と一度だけあったことがある。すごく嫌そうな顔をされた覚えがあった。

 それっきりあったことはない。


 確か帝都貴族学園に通っているはずだ。道馬車(バス)と魔導電車を使えば一時間ほどでつく。



 と、その時、頭に思い浮かんだのは――ただ、帝都の街を誰かと歩いている自分の姿。


 ちっぽけな願い。


 誰にでも簡単に出来る願いなのに、私は一度も街に出たことがない。

 学園とこの屋敷の往復しか経験したことがない。


 もう死ぬってわかった時、自分が人間じゃないってわかった時、何か吹っ切れたような気がした。


「……レイ様は私の事を嫌っていたよね。……一度だけ会ってみようかな」


 足が動く。目的が出来たからだ。それがどんな適当な理由だとしても。



 ***



「はぁはぁはぁ……、すごい、街ってこんなに栄えているのね……」


 平民みたいな動きやすい私服に着替え、部屋にあった宝石やお金に変えられそうなモノを持ってきて、屋敷を抜け出した。

 水晶端末を頼りに、換金所で現金を手に入れ、バスに乗る。

 それだけで大冒険だった。

 この私の七年間で自分で行動した事なんてほとんど無かった。


 目に映る景色が全て新鮮。

 私の身体はあと三ヶ月しか持たない。……だから、もう、私はあの屋敷に帰らない。


 自由に旅をして、街を見て、自然を見て、一人朽ち果てればいい。



「おい、嬢ちゃん、顔色悪いけど大丈夫か?」


「ええ、大丈夫です。バスに揺られて酔ってしまっただけです」


 バスを降りて婚約者の屋敷へと目指す。と、その時お腹の虫がぐぅ、と鳴った。

 そういえばご飯をちゃんと食べていなかった。


 中央区から少し離れたニューシティー区。オフィスが立ち並び、歓楽街も併設されている帝都でも有数の街。


 ご飯は後で簡易食堂(ファミレス)で食べればいい。ふふっ、初めての簡易食堂、ちょっと緊張するけど、とっても楽しみ。ワクワクする。


 私は婚約者の屋敷へと足を踏み入れた。



 ***



 レイ・ダライアス様。

 ニューシティを収めている侯爵家の長男。

 私の婚約者様はとても嫌そうな顔をしながら私を睨みつけていた。


「……もう一度言ってみろ。俺と街を歩きたいだと? ……今、俺は執務中だ。忙しいから後にしてくれ。全く……」


「いいじゃないですか。時間は有限です。思い立ったら吉日って言いますよ」


「む? どうした、プリム嬢。君はそんな言葉を使う子じゃなかったような気が」


「んと、私たちってそんなに話した事ないですよね? なら、アイスクリームでも食べながら街歩きしませんか? デートですよ、デート!」


 レイ様が今度は呆れた顔で私を見ていた。『ニューシティの鬼神』と言われているレイ様は怖い噂が一杯ある。そもそも治安が良くなかったこの地域を治めるために、大変な努力をされたって聞いたことがある。


 レイ様は呆れているけど、私はきっと期待に満ちた顔をしていると思う。


「確かに俺と君は婚約者だ。……はぁ、だからガキは嫌いなんだよ、くそ。仕事が3ヶ月後に落ち付く。その後だったらアイスクリームでもクレープでも何でも食いに行ってやる。だから、今はやめろ」


「あーーっ」


 3ヶ月後か……。うん、仕方ない。でも、なんか楽しかった。こんな風に、殿方と自由なお話ってした事なかったもんね。

 私はビッと敬礼をした。


「わかりました! では三ヶ月後にお会いしましょう。……無理だったらごめんなさい! ふふっ」


「……っ」


 自然に笑ったのって初めてかも知れない。なんだか心がウキウキしてきた。私の婚約者のレイ様。以前は怖いイメージしかなかったけど、とっても素敵な人だった。

 うん、とっても素敵だった……。


 だから、レイ様と会うのはこれっきり。


「私のわがままを聞いてくださってありがとうございます」


 3ヶ月後のお礼は今言っておく。

 これで心の残りはない。


「おい、お前ちょっと――なんだ、急ぎの連絡だと? くそっ」


 執事さんに呼ばれて屋敷の中に戻ろうとするレイ様。私はそんなレイ様に手を振って別れた。レイ様はなんだか不思議そうな顔をして何度も振り返っていた――



 ***




 頭からプリム嬢の笑顔が離れなかった。何故だ? 意味がわからない。ほんの数回しか会ったことがない令嬢。

 しかも俺が嫌いなタイプで、自分の考えがなく、家の言いつけだけを守る令嬢だった。


 あの時のプリム嬢はとても儚く思えた。


 あの時の笑顔を見て、心が不安に苛まされた。


 消えてしまいそうな笑顔。


 いつしか、プリム嬢の事をずっと考えるようになっていた。






「なに? プリム嬢が行方不明? 三ヶ月待ってくれ? 意味がわからん!」


 モンテローザ家の対応は妙な所が多かった。


 俺はイライラしながらも三ヶ月待った。そういえばあいつに三ヶ月待てと言ったのは俺の方だったな。



 そして、モンテローザ家から正式にプリム嬢の訪問の知らせがあった。


「あら、レイ坊ちゃま。今日はいつになくおめかししていますね」

「うるさい、別にいつもどおりだ」


 侍女長に軽くいじられてしまう長男というのはどうなんだろう。くそっ、別に俺は浮かれていない。


 屋敷にモンテローザ家の人間がやってきた。

 プリム嬢とその両親。


 俺達は再会した、が――


「お久しぶりです、レイ様。プリムでございます」


「……ああ」


 頭の中でおかしいという単語で埋め尽くされていた。

 顔は確かにプリムだ。

 だが、違う。全く持って別人が俺の前に立っている。なんというか、魂がない。なんだ? この令嬢は?


 俺は目を閉じてしばし考える。

 まるで人形のような表情のプリムを無視して、モンテローザ伯爵の胸ぐらを掴んだ。身体が勝手に動いていた。


 片手で伯爵を持ち上げて壁に押し付ける――


「これは一体、なんだ?」


「な、なにを、そんなに、げほっ、怒っているので、すか……? けほっ」


「……外道の錬金術師モンテローザ伯爵、か」


 全ての可能性を頭の中で羅列する。この男の場合、嫌な事態しか浮かばない。


 俺は伯爵を投げ捨てた。咳き込む伯爵は奥方に支えられて逃げてしまった。人形のようなプリムは不思議そうな顔をして私を見つめた。そして、礼をして伯爵の後を追った。


 俺は壁に拳を叩きつける――

 そして、侍女長を呼びつけた。


「モンテローザを調べてくれ。外道の証拠を全て揃えろ。そして……伯爵家を叩き潰す前提の準備をしろ。物理的にも精神的にもだ。帝都の貴族の政治などどうでもいい。俺が全て責任を持つ」

「かしこまりました。すぐに行動いたします」


 侍女長がしっかりと頷いたのを確認してから自室へと戻った。





 執務をしながらお茶を飲んでいたら屋敷の入口が随分と騒がしかった。


「だから、私はプリムですって! もう、どうでもいいので、レイ様と会わせてください! 一生のお願いですって!」


 心臓が跳ね上がる――


 何故だ? 俺は自分の口角が上がっているのがわかった。まるで笑っているみたいに。

 たった三ヶ月。それだけしか会えなかったのに、妙に懐かしい気がする。

 あの時よりも幾分小汚くなったプリムが俺の前に現れた。


「あっ! レイ様! アイスクリーム食べに行きましょう!」


「ふんっ、流石に身なりが汚すぎるぞ……。まずは風呂に入って――」


「えっと、時間が無いんです! 私、今日で終わりますので――」


「……? とにかく服だけ着替えろ。すぐに出るぞ」


「うん!」


 三ヶ月、という時間は短いと思っていた。だが、違うんだ。

 人によって感じ方が違う。


 たった一日でさえ、たった数時間でさえ、大事な時間であったんだ。


 俺はそれに気がつけなかった。


 だから、自分に芽生えた気持ちに気がつけなかったんだ。


 カフェでプリムと過ごす時間が人生で一番楽しく思えた。またこんな日が来れば最高だな、思っていた。


 プリムは婚約者。そう思っただけで笑顔が勝手に溢れる。


 これから俺達が年老いても隣にずっといられる、そう思っていたっ…。




 そして、時間は終わりを告げる。

 カフェをしている最中にプリムが突然立ち上がって――



「えへへ、レイ様ありがと。この三ヶ月で一番再会したかった人はレン様だったよ。……じゃあね、私の妹には優しくしてね」



 と言って突然走り出した。

 今度は俺は全速力で追った。

 ここで逃がしたらもう会えない、と思ったからだ。


 でも、それでも、だけど、もう、すでに遅かったんだ。



 俺が追いついて、プリムを抱きしめるような形になってしまった。プリムは驚いた顔をした次の瞬間、あの笑顔を俺にくれた。


 衝撃――俺の心に何かを植え付けられた。わかっている、これは恋というものの芽生えだ。


 そして、次の瞬間、プリムの身体から光が飛び出て――糸が切れたみたいにプリムは倒れた――息をしていない。まるで電池の切れた人形のように止まってしまった。



 人の死など幾度も見ている。戦場にも行った。殺人犯を捕らえた事もある。母親はすでに看取った。


 だが、これは、何だ?


 これから、愛する、であろう、人が、俺の腕の中で――






「―――――――ッッ」






 慟哭。


 咆哮。


 どんな痛みよりも、苦しい痛みが俺の心臓を貫いた。




 ***



 たった数回の出会い。


 それでも、人は恋をする事が出来るんだ。


 俺はどのくらいの時間、その場にいたのだろうか?


 悲しいのに涙さえ出ない。あまりにも突然過ぎる感情が心を整理出来ない。



「――はぁはぁ、……ああ……やっぱり、お姉様……」


 息を切らした声、振り向くとそこには俺の屋敷に来たプリムと名乗った令嬢が一人で立っていた。裸足? 服もボロボロだ? 短時間で何があったのだ?


 あの両親がいる気配はない。


 ……? どういう事だ? さっきまでの人形のような雰囲気とは違う。


「今から言う事は私の……お姉様の言葉です。お姉様、確かに受け取りました」


 令嬢は泣いていた。

 涙を拭い、目を閉じて胸に手を当てる。


 眼の前の令嬢とは違う声色が聞こえてきた。それはまさにあのプリムの言葉だった。




『――本当はね、私、あなたの事好きじゃなかったんだ。だって、怖いし……。でもね、あの時再会した時、あっ、優しい人なんだって感じたんだ』



『だから余命三ヶ月しかない私は一緒にいちゃ駄目って思ったんだ』



『後悔しちゃう。生きたいって思っちゃう』



『へへ、私ね、この三ヶ月、すっごく色んな事を経験出来たんだよ! 王国に行ったり、魔族領に行ったり、超大国でクレープも食べたんだ』



『私の冒険の話はそこのプリムから聞いてね』



『……やっぱりね、私、最後に帝都でデートをしたかったんだ。適当な誰かじゃない。私の気になる婚約者様と、ね』



『ありがと。とっても楽しかったよ。気が付かないフリをしてたけど…、えへへ、自分の気持ちにウソは付けなかったの』



『本当は会わない方がいい、ってわかっていた。だってレン様は優しいから悲しませちゃったね……。まさか追いかけてくるなんて思わなかったよ』



『バイバイ! 私の気になる婚約者レイ様!』



 ああ、俺はこの時、やっと理解した。



 一目惚れというものがあるんだ。



 恋というものはこんなにも苦しいんだ。


 言葉は人の心を揺さぶる。


 言葉は人の心を強くする。


 改めて目の前の令嬢『プリム』を見つめる。


「あ、あの、私、いきなり光が、お姉様の記憶が――」


「ああ、信じるよ。……なんだよ、気になる婚約者ってよ……」



 流れなかった涙が、この時、流れた。




「……さよならとは言わない、プリム。俺の人生を全てかけて君を取り戻す」




 動かなくなったプリムの身体を強く強く抱きしめて心に誓った――







 ***







 これは恋を自覚する直前で死んでしまった私の話。


 余命三ヶ月でプリムの偽物だった私だけど、その三ヶ月間は特別な日々になった。


 特にレイ様とのお話は1時間もしていないのに、ずっと心がドキドキしていた。


 でもね、私は死んじゃうんだ。


 恋をしちゃ駄目ってわかっている。


 だから、気になる婚約者様、って感じだったらいいでしょ?


 私の全部は妹に託せる魔法を超大国で学んだ。 レイ様と出会って、冒険に目的が出来たんだ。


 すごいよね、適当な目的が人生の目標になるなんて。


 時間かかちゃったけど、私、レイ様と再会出来た。


 カフェでずっと心を押し殺していた。




 だって、余命三ヶ月の偽物の私は、恋をしているなんて駄目だよ。気が付いてない……フリをしないと、レイ様のお顔が見れないから。




 ……時間なんて関係ない。


 私の心をドキドキさせてくれた。


 三ヶ月間、ずっと会いたかった。


 ずっと考えていた。



 想えば想うほど、初めての感情が増幅されていった。


 

『ありがと、レイ様。……私、絶対に諦めないね。また、ね』






(完)





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