第37話
夜の海は漆黒だった。
頭上に広がる満天の星々だけが、俺たちを照らしてくれている。
潮風は冷たく、帆が微かに軋む音が耳に残る。
「レン様……寒くないですか?」
シーナが、膝を抱えながら尋ねてきた。
俺は小さく首を振る。
「大丈夫だ。
むしろ、この空気の張り詰め方が……心地いい」
「心地いい、ですか?」
「うん。
これから何かが始まる、そんな予感がする」
シーナは俺の言葉を噛み締めるように頷いた。
「私も……なんとなく、そんな気がします」
「潮導核も、何かを感じてる。
まだ言葉にはならないけど、確かにこの先に何かがある」
俺は胸元の潮導核にそっと手を当てた。
波は嘘をつかない。
それを信じている。
数時間が過ぎた頃、不意に潮流が変わった。
押していた風が急に逆向きになり、帆がバタついた。
「レン様、風が……!」
「わかってる、帆を絞れ!」
シーナが手早く動き、帆を縮める。
小舟はぎりぎりのところで転覆を免れた。
「嵐か……?」
俺は空を仰いだが、星はまだ見えていた。
雨雲もない。
それでも、海の空気は妙な緊張に満ちていた。
「違う……これは、嵐じゃない」
「じゃあ、何なんですか?」
シーナの声にも、不安が滲んでいた。
「……呼ばれてるんだ。
俺たち、何かに」
潮導核が熱を持ち、鼓動を速める。
これは、間違いなく何かが起きる前触れだった。
「シーナ、警戒を解くな」
「はい!」
さらに進むと、海面に奇妙な光が浮かび上がった。
淡い青、緑、紫……まるで潮そのものが光っているかのようだった。
「レン様、あれ……」
「見える。
近づくぞ」
「え、ええっ!? 本当に行くんですか?」
「行く。
これを逃したら、二度と掴めないかもしれない」
俺は舵を切り、小舟を光の中心へと向かわせた。
近づくにつれ、光の正体が見えてきた。
それは、巨大な海底遺跡だった。
海の中から、無数の石柱が突き出し、潮に削られながらも威厳を保っていた。
「こんな場所が……」
「誰にも知られてない、海の記憶だ」
シーナが恐る恐る尋ねる。
「降りますか……?」
「当然だ」
俺は舵を固定し、船縁を乗り越えた。
「行くぞ、シーナ!」
「待ってください、レン様っ!」
彼女も慌てて後を追ってきた。
海に入った瞬間、潮導核が一層強く脈打った。
海水は不思議なほど温かかった。
まるで歓迎されているようだった。
「すごい……まるで、海そのものが生きてるみたい」
シーナの言葉に、俺も頷く。
「この遺跡は、たぶん……昔の海精たちが造ったんだ」
「海精たち……」
「波と命を繋ぐために。
きっと、この場所にも秘密がある」
俺たちは水面を進み、遺跡の中心へと向かった。
そこには、一枚の巨大な石板があった。
表面には、波の紋様と、見たことのない文字が刻まれていた。
「レン様、これ……読めますか?」
「……ああ、潮導核が、教えてくれてる」
俺は石板に手を触れ、浮かんでくる言葉をなぞった。
――波を断つな。
――命を絶つな。
――この海を繋ぐ者に、力を授けん。
「力を……授ける?」
「たぶん、ここも試練の場だ。
俺たちを試してる」
「また試練ですか……」
シーナは肩を落としたが、すぐに顔を上げた。
「でも、レン様となら、乗り越えられます」
「頼りにしてるぞ、シーナ」
笑い合った次の瞬間、海底が激しく揺れた。
巨大な影が、石柱の陰から姿を現した。
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