第35話
潮王蟹との戦いを終えた俺たちは、再び南西へと進路を取った。
潮流は穏やかで、波も風も俺たちを押してくれる。
疲労が体にまとわりついているのに、不思議と気力は尽きなかった。
「レン様、次は……何が待っているのでしょうか」
シーナが、潮風に髪をなびかせながら問いかけた。
その目は、期待と不安の入り混じった光を宿している。
「わからない。だけど……」
俺は空を見上げた。
高く澄んだ青空、そして果てしない水平線。
心に湧き上がるのは、恐れではなかった。
「どんな波が来ても、俺たちなら乗り越えられる気がする」
「……はい」
シーナが微笑んで、頷いた。
「それにしても、潮王蟹を倒せるなんて……。
レン様、本当にすごいです」
「俺だけの力じゃない。
お前がいたからだ。
シーナ、ありがとう」
「……私も、レン様と一緒にいられて、嬉しいです」
気恥ずかしさを紛らわすために、俺は舵を握り直した。
すると、潮導核が脈打つ感覚があった。
「潮導核が、何か言ってる」
「えっ、本当ですか?」
「多分、次の導きだ。南西だけじゃない……もう少し西寄りに、何かある」
シーナは帆を調整し、俺の指示を待った。
「進路、二十度西へ」
「了解です!」
小舟は新たな波に乗り、軽やかに進み始めた。
数時間後、水平線の向こうに黒い影が見えた。
「レン様、あれは……島でしょうか?」
「いや……違うな。
あれは、船だ」
目を凝らして見ると、確かに巨大な帆を掲げた船影だった。
しかし、どこか様子がおかしい。
「止まってる……?」
「漂流しているように見えます」
シーナの声にも警戒が滲んでいた。
「様子を見に行く。慎重にな」
「はい!」
俺たちは小舟を操り、漂う船に近づいた。
船体は大きく、立派な作りだったが、帆は破れ、マストも傾いていた。
「ひどい有様だな……」
「乗組員は……」
俺たちは声を潜めながら、さらに接近した。
そのとき、不意に甲板から誰かが顔を出した。
「誰だ!」
怒鳴り声が飛んでくる。
「俺たちは敵じゃない! 助けに来たんだ!」
俺が叫び返すと、相手も一瞬ためらった。
「……助け?」
小舟が船体に並び、俺たちはロープを使って甲板に上がった。
そこには、数人の男たちが疲弊した顔で立っていた。
衣服はボロボロで、顔色も悪い。
「何があったんだ?」
「……魔魚だ。
しかも、見たこともねぇ化け物だった」
リーダー格らしき男が答えた。
「どんな魔魚だった?」
「黒い鱗に、赤い眼……そして、海そのものを呑み込むような口を持ってた」
俺とシーナは顔を見合わせた。
「そんな魔魚、聞いたことない……」
「俺もだ。
でも、あの感じ……普通の魔魚とは違う」
潮導核が警告を発している。
この海に異変が起きていることを、確かに感じた。
「この船、動かせるのか?」
俺が尋ねると、男は首を振った。
「無理だ。舵も折れちまったし、帆も使い物にならねぇ」
「じゃあ、どうする?」
「お前たちの船で運んでくれねぇか。せめて、近くの島まで……」
俺は小舟を見た。
正直、全員を乗せるには小さすぎる。
「一度に運ぶのは無理だ。
二回、三回に分けて運ぶしかない」
「頼む!」
男たちが深く頭を下げた。
シーナが俺の腕を引いた。
「レン様……どうしますか?」
「もちろん、助ける」
即答した。
「波を繋ぐって決めたんだ。
目の前で溺れてる命を見捨てるわけにはいかない」
「……はい」
シーナも迷いなく頷いた。
俺たちは男たちを小舟に分乗させ、最寄りの島を目指して航行を開始した。
潮は、俺たちの進む道を照らしてくれていた。
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