第26話

 朝焼けが海を朱に染めていた。

 俺は舵を握りながら、遠ざかる夜を振り返った。

 鋏潮魔との戦いは、今も体に重く残っている。

 だが、後悔はない。

 命を繋ぐために戦った。それだけが、俺の中で確かな事実だった。


 シーナは帆を調整しながら、振り向いて言った。


 「レン様、あの戦い……私たち、うまくやれたと思います」


 「うん、あれは……俺たちだけじゃなかったな」


 潮導核の脈動を思い出す。

 あのとき確かに、海自身が俺たちに力を貸してくれた。

 波を、風を、命を守ろうとする俺たちの意志に、海が応えてくれた。


 「この力、大切にしないとな」


 「はい。……海に選ばれた私たちだからこそ、ですね」


 そう言うシーナの顔には、どこか誇らしさが滲んでいた。

 俺も負けじと笑い返す。


 朝の風は新しい匂いを運んでくる。

 どこか甘く、温かい、そんな匂いだった。


 「もうすぐ陸が見えるかもしれない」


 俺は《潮の眼》を開いた。

 潮流の向こう、微かな起伏を捉える。

 小さな島影。

 人工的なものではない。

 自然のままに残された、手つかずの楽園のように見えた。


 「シーナ、あそこだ。帆を少し右に寄せる」


 「了解です!」


 彼女の返事と共に、風を捉えた帆が膨らみ、船は速度を上げた。


 潮の匂いが濃くなる。

 波が少しずつ高くなり、海の表情が変わっていく。

 俺は舵を握り締め、進路を守る。


 近づくにつれ、島の輪郭がはっきりしてきた。

 緑濃い林が広がり、砂浜は白く輝いている。

 だが、俺の胸に微かな違和感が芽生えた。


 「……なんだ?」


 潮流が、不自然にねじれている。

 自然な島なら、こうはならない。


 「レン様?」


 シーナが気づいて声をかける。


 「少し警戒しろ。あの島、普通じゃないかもしれない」


 「わかりました」


 俺は小舟を慎重に操りながら、島の北側へ回り込んだ。

 直接上陸するのではなく、潮と風を読み、最も安全な接近ルートを探る。


 すると、視界の先、砂浜の陰から何かがちらりと動いた。


 「……誰か、いる」


 あれは動物じゃない。

 人の気配だった。


 「まさか、無人島じゃないのか?」


 俺は心の中で警戒を強めた。

 この海には、律潮の使いのような存在もいる。

 歓迎されるかどうかは分からない。


 「どうする、レン様」


 シーナが問う。


 「……行くさ。どんな波でも、確かめなきゃ始まらない」


 俺はそう言って、小舟を砂浜へ向けた。

 新たな出会いが、そこに待っていると信じて。

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