そのナンパ男に落とせない城はない

渡貫とゐち

壁ドカン!


「なあなあそこのねーちゃんっ、放課後におれとお茶しよ! 駅前のカフェでオシャレにお喋りとかどうかな!?」


「いかないから。付きまとってこないでよ」


 女子受けの悪いちゃらちゃらした男だった。一応、進学校なのだが……その男は髪を染めてこそいないものの、装飾品はかなり多い。

 休み時間だけの見た目なので、彼なりにルールを守ろうという意思はあるらしい。進学校で抱えるストレス発散だろうか。

 教師も目を付けてはいるが、積極的に注意はしていなかった。

 問題を起こす不良生徒でもないのだ。


 ただただチャラく、女子にだらしないだけの男である。


「いーじゃんねーちゃん」


「韻を踏むな。あたしはあんたのお姉ちゃんじゃないし。ていうか、昨日も一昨日も誘われて断ったよね? 何度も何度も……校内でナンパしないでくれる?」


「昨日と一昨日に断られたから今日誘ってるんだよー。だって昨日と一昨日がダメでも今日なら大丈夫かもしれないじゃん」


「あっそ。今日はダメ、明日もダメだから」

「じゃあ明後日!」

「同じことでしょ」


 声をかけられた女子生徒は溜息を吐き、周りに助けを求めるように視線を向けたが、誰もが知らんぷりをしていた。

 そもそも襲われたわけでもなく、悲鳴を上げたところで女子生徒の一人相撲にしかならない。彼女が変な目で見られるだけだ……やるだけ損である。


「あたしだけじゃなくて、全校生徒にひとりずつ声をかけてるよね? ……今回のこれで何周目なの?」


「どーだろね。美人のおねーさんには何度もアタックしてるからなあ……綺麗に全員に一度ずつ回ってから二周目にいってるわけじゃないしねえ。うん、覚えてねえや」


「まさか、理由もなくナンパしなかった女子がいるわけないわよね? それはあんた、さすがに可哀そうよ……」


 美人に何度もアタックした、と言っているように、では美人でなければ一度もアタックしなかった、とも言えるわけで……、選んでナンパしているのはマイナスポイントになるだろう。そもそも軽薄なナンパ野郎は最初からマイナスなのだが。


「さすがに一度は誘ってるよ……でも、誰も乗ってくれないんだよ。なんで? 返事を聞く前に逃げちゃうおねーさんもいるしね」


「それはそうでしょ。慣れてない子からすれば怖いって」


「かもしれない。でも、それで諦めるのは早すぎるって思わない?」


「思わない。……いや、そんなことあたしに聞かないで。相手に逃げられたなら、それはもう返事みたいなものでしょ、諦めなさいよ」


「諦めたくない!! ……同情してくれる?」


 女子生徒は面倒くさくなって、「するする」とテキトーに返事をした。すると、


「同情するなら一緒に遊んでくれないかなー。別に下心があるわけじゃないって。なんもしない……まじで。夕方にはちゃんと駅まで送るからさ。……でも、ねーちゃんが望めば夜まで一緒に……OKです!」


「なめんな。何人もの女の子に軽々とアタックする、ザ・軽薄! って感じの男になびくわけないでしょ。これだけナンパしておいて、彼氏持ちの女の子はちゃんと避けてるし。……手抜かりないわよねえ。しかもフリーな子でも狙ってそうな男がいるところは的確に避けてるし……、ちゃんとしてるのかトラブルが怖いだけなのか……」


「変なこと言うね、問題が起こらないならそれに越したことはないっしょ」


「そうね。だったら今、この瞬間もあたしに気を遣ってほしいけど?」


「ねーちゃんはフリーだし言い寄る男子もいないしもうちょっと押したらいけそうだから狙い目なんだよ。ほらほら、意地張ってないで遊ぼうよー、一度だけでいいから。一度でも遊べばもう気が楽になって、二度目からは楽しみになるはず! そういうもんだって……ほーらほら、あそぼうよー」


 催眠術のような口調で惑わしてくるナンパ野郎に、女子生徒が口を横一文字にして、「いーやーだー!」と。


 今度こそ本気で振り切ろうと足早になったところで、ナンパ野郎が焦って追いかける。


「あっ、待って待って! ……ほんとに待ってほしい!!」


「追いかけてこないでッ!!」


 廊下を走るな! という掲示物を無視して走る女生徒を追いかけるナンパ野郎。今なら女子生徒が叫べば問題になるだろうが、振り切ることを考えていた女子生徒は叫ぶことが頭になかったようだ。全速力――だが、ナンパ野郎が少しだけ速かった。


 きぃ!! と上履きを床に滑らせ勢いを殺し、ナンパ野郎が女生徒の目の前へ。


「わっ、と」


 急ブレーキでつんのめった女子生徒がバランスを崩して廊下の壁に肩をぶつける。


 その隙に、ナンパ野郎が女子生徒の顔の横に、ばんっっ!! と強めに手のひらを叩きつけた……これは、いわゆる壁ドン、というやつだった。


 両手で女子生徒を挟んで逃げられないように。


 必然、ふたりは顔を合わせることになる。


「……ねえ、邪魔なんだけど、逃げられないでしょ」

「逃げられないようにしてるからだけど」


 ……みしみし。


「あんた、さっきからねーちゃんねーちゃん言ってるけど、まず先輩、だからね? ねーちゃん、って呼び方はさ、二十代前半に感じるからやめて。先輩って呼んで。勝手にあたしをもっと年上にしないで」


「そんなつもりないけど……、そんな風に聞こえるの?」


 ――みしみし――めきめき、


「…………」


「そろそろ、諦めてよ。一回くらい遊びにいってもいいじゃん。そんなにおれのことが嫌いなわけ?」


「…………」


「あの、ちょっと、ねーちゃ……先輩。おれのことを見てくれますう?」

「さっきから変な音がしてない? みしみしめきめき、って……なんの音?」


「え?」


 音の出所を探っていると、近くにあった……女子生徒の後ろだった。


 壁。

 そこから、建物が悲鳴を上げていた。


「壁から……?」


 ナンパ野郎が手のひらを聴診器のようにし、壁の内側の異変を感じ取ろうとした、瞬間だった――ずずんッッ!! と、地震が……いや、建物が一段、ずれた気がした。


 沈んだ?

 でっかい校舎が?


「うわぁ!?」


 ぼろぼろと壁紙も剥がれていっている。壁に亀裂が走っていた…………。


「……あんた、なにした……」


「し、知らな……ッ。――もしかして、でも、え……? まさか壁ドン……のせい?」


 直前のことを思い出せば、ナンパ野郎が壁ドンをした、しか、原因が思い当たらない。

 もちろん、ちょうど強めの地震があった可能性もあるが、スマホを見ても地震速報はなかった。地震なんてなかったのだ。

 なのに揺れたということは、この校舎のみが、沈んだとしか考えられない。


 原因は?

 いや、信じられないけど、ナンパ男の細腕からの、壁ドン……か?


 老朽化している校舎だったから……とは言え。

 壁ドンしただけで?

 脆すぎないか?


 その後、小さいが、振動がしばらく続き……やがて収まった。


 ……が、やや傾いて感じる校舎にい続けるのは正直なところ、怖い。


「せ、せんぱい……これっておれのせい、なんですかね……?」


「さあ? わかんないけど。ま、報告はしておいた方がいいよね。これ、壁紙が剥がれちゃったし…………柔い壁じゃないのにちょっと歪んでるけど……錯覚じゃないよね?」


「……ほんとだ、凹んでる……やっぱこれおれのせいなのかなあ!?!?」


「壁紙の報告のついでに歪んでることも報告すればいいでしょ。……まったく、うろたえてんじゃないの。あたしが隣にいて一緒に報告してあげるから……はぁ。先輩らしく、ここまできたら最後まで付き合ってあげるわよ。あんたのせいかもしれないけど、悪気はなかった、って証言してあげるから……半べそかくな!!」


「め、女神さま……!!」


 ナンパ野郎にがしっと手を握られた女子生徒は、強く振り払うこともなく、今回は満更でもなさそうに顔を逸らしただけだった。


「……面倒見てあげるんだから、お礼は絶対に忘れずにね。そうね……カフェで、ケーキでも奢ってくれる? ちょうど期間限定のメニューがあるの――」


 ぎゅっと掴んでくるナンパ野郎の手を握り返し、女子生徒が手を引いた。


 このまま職員室まで連行……いいや、彼の無実を証明するために、先輩が先輩らしく、先輩風を吹かせようとしているのだ。



「老朽化してるから、と言っても……校舎を傾かせるほどの壁ドンなんて、強い男って感じでカッコいいわよ。安心して、ちゃんとドキッとしたから合格よ……、放課後のデートくらい付き合ってあげるわ。良かったわね、ナンパくん?」




 … おわり

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