第21話

―――――――……



目を開けると、そこには見慣れない天井があった。



「ぁれ…」



ゆっくり体を起こす。

…いつの間に眠っていたのだろうか。


丁寧にかけられた布団に、自分が寝ているベッド。


そこから香る香水の匂いで、この部屋が誰の部屋なのかすぐにわかった。



近くにあった鞄からスマホをとりだして時間を確認する。



「えっ、やばっ…」


時計はすでに今日が終わろうとしていた。

ね、寝すぎだ…。


慌てて布団からでようとしたその時、がちゃっと部屋のドアが開いた。



「あ…」


「あ、起きた?」


優しく笑って私を見る彼は、さっきまでの私が子供のようにすがり泣きついた人だ。


そのことを思い出してかあーっと体が熱くなる。



「あっ、あのすみませんっ…さっきは!あ、あともうこんな時間になっちゃってっ、お店っ…」


「ん。今日は平日だったし、お店もそんな混まなかったから平気。陸も頑張ってくれたしね」


そう言って近づいてくる千幸さんからは、また泣きたくなるくらい安心できる香りがする。


安心するから…泣きたくなるのか。



「すみません…」


「ううん、ごめんね。俺が無理させちゃったから」


「そんな…っぅ」



――ふと千幸さんの手のひらが頬に触れた。


その手は夏なのに、体温を感じないほど冷たくて思わず顔を歪める。


洗いものでもしていたのだろうか。


猫を撫でるかのように頬に触れてくるその冷たさが、なんだかとても気持ちいい。



「あのさ、咲」


「は、はい」


「元気になったら、また俺のご飯食べてよ」


「え」


「それでまた笑ってほしい。あの笑顔で」


「千幸…さん…?」


「約束して、咲」


「っ…」


「咲の美味しそうに笑う顔見ると、俺は元気になれるから」



そう言って、千幸さんは笑った。



でもなぜだろう。


笑ってくれているのに、さっきまで泣いていたのは私なのに、



今一番切なそうにしているのは…なぜあなたなんだろう。


何かを思い出しているかのように瞳が揺れているのは…なぜあなたなんだろう。




そう思った瞬間なぜか胸がぎゅっとしめつけられて、私は千幸さんの冷たい手のひらをぎゅっと握った。



「食べたい…千幸さんのクレープ」


「………」


「あと、チーズオムレツ」


「ふっ、りょーかい」



ねぇ、私もなの。


あなたは私に笑ってほしいと言ったけれど、私も…あなたが笑うと嬉しい。


元気になれる。


あなたが作る料理は美味しくて大好きだけれど、あなたが料理を作る瞳も手も好きだと言ったのならあなたは笑うだろうか。




さっきまであんなに傷ついてぼろぼろになっていたはずの心は、いつの間にか癒されて、こんなにも軽い。




それは言うまでもなく、今目の前にいるあなたのおかげだった。

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