第8話 踏破者:ルチアーナ・カッサーノ(1)
今世を頑張ろうと決意したわたしは。
姫さまがくれた役目を全うした。
……と言ってもやることはなにもなかった。
踏破者は4人。
みんな綺麗だったり可愛かったり。
それぞれが違った魅力を持つ女性たち。
この人たちがどのように満たされたいのかワクワクしていたけど。
事務的な口調のわたしはやはり、魔導人形としか認識されてなかった。
もちろん踏破への喜びや達成感は独り言として現れてこそいるが、わたしに語りかけてくる女性は皆無。
踏破証明書を受け取った後は淡々とわたしに触れ、帰ります――と言って去ってしまう。
人形と説明されたら、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。
これでは正しく魔導人形だ。
わたしという自我の必要性に疑問を呈するくらい、姫さまに課された役目を果たせていなかった。
わたしは床に寝転がった。
「はあああぁあ……」
現在、わたしはお昼ごはんの食休み中だ。
わたしは人間だから当然、食事を摂る。お腹がいっぱいになったら眠くなるし、夜には横になって睡眠をとる。でも人間が日常生活を送るための設備はここにない。
じゃあわたしはどうしているのか。
姫さまがわたしのお世話係だ。実際、姫さまはしょっちゅう様子を見に来てくれた。
一日三食しっかり届けてくれて、夜には姫さまに体を拭かれ、丁寧に歯を磨かれる。まるで幼児になったかと思うくらいに献身的だった。
昨日、姫さまに直接「わたしにかまいすぎでは?」と聞いた。他の仕事もあるだろうし、一国の王女がわけわからん女に餌付けなんて不審に思われるだろう。
でも姫さまはケロっとしていた。
曰く――。
わたくしはよくお忍びで城を抜け出しています。レオノーラも隠蔽の常習犯ですよ。
姫さまがダブルピースで答えた言である。
アニメとかに出てくる、若干お転婆なお姫様によく聞くエピソードだ。そういう話を聞く度に「城の警備体制大丈夫なのかな」って思うけど。
そういう人、本当にいるんだ。
ふふっと笑った瞬間。
わたしはいつの間にか、魔法石の横に棒立ちになっていた。
あ、来たみたい。
これは踏破者がやってくる“合図”だ。
保護魔法石が人の気配を感じた瞬間、わたしは魔法石横の定位置に強制移動させられる。
もうちょっと配慮してほしい。
いつも唐突すぎる。
「おー。ついたついた」
わたしが心で毒づいている間に。
5人目の踏破者が姿を現した。
大きな声で独りごちながら歩いてくる。
「いやー疲れた。なかなか骨のあるダンジョンで楽しかったー。さすが姫サマが言っていただけあるなー」
近づくにつれて、踏破者の全貌が輪郭を帯びていく。
魔法石の光で辛うじて確認できたことと言えば。
茶髪のおさげが似合う小柄な少女。
声音も明るく、わたしは純真な印象を抱いた。
《踏破おめでとうございます。あなたの功績を記録するため、中央の保護魔法石に触れてください》
「はいはーい」
わたしの事務的な声に返したのはこの子が初めてだった。
彼女が魔法石に触れたおかげで彼女のことを知れる。
ルチアーナ・カッサーノ、16歳。
踏破総時間:1時間45分、踏破ランク:B。
わかっ。
その年齢で敵と戦うってすごいな。
わたし、高校でなにしてたっけ……。
自分の人生と比較し、心の中でルチアーナを賞賛した。
しかしルチアーナは結果に納得できてないらしい。
「どうせならAにしたかったなー。これからも鍛錬あるのみだっ!」
わかっ。
前向きな姿勢がまさにティーンエイジャー。
わたしには真似できない。
《確認いたしました。ビジョンに基づき踏破証明書を発行いたします》
「たのむねー」
踏破証明書を発行する間、ルチアーナは興味深そうにわたしをジロジロ見てきた。
「わー。よくできた魔導人形だー。ほぼ人間じゃん」
愛嬌のある顔面がわたしに近づく。
わかっ。
肌の解像度たかっ。
暗がりでもわかる柔肌の潤い。
踏破者5人目にしてようやくわたしに感心を向けてくれた女の子。
何も思わないはずがなく。
せっかくだしお話ししてみたいなぁ。
キーナリー王国に転生してからというもの、わたしは姫さまとしか話していない。今世は贖罪の道だとはわかっているけど、天国の母のため、姫さまのため、わたしは笑顔で人生を歩まなければならない。
人との触れ合い、これも笑顔に大切な要素の一つだ。
ぼんやりと思っていたとき、証明書が発行された。
しかしわたしのいまは魔導人形。
自我はあれども意思はない。
《これで以上となります。私に触れて「帰ります」と言えば、本ダンジョン地上入り口までお戻しします》
この子もいままでの4人と同じように、すぐ帰っちゃうのかな。
そう思ったとき。
ルチアーナの瞳の輝きが変わった気がした。
「やっぱり友達の話通りだ……。なんですぐ地上に帰還させないでわざわざ『帰りますと言えば』なんて余計な手順を挟んでいるのか」
真相が気になる――と、顎をさすっていた。
お?
この子、わたしが最初に抱いた疑問と同じことを思ってる。
ルチアーナは元々近かった距離をさらに縮めた。
「私が解明させたいんだよなー」
その様はまるで、僅かなヒントも見逃すまいと証拠を探す名探偵だ。ルチアーナの吐息を身近に受けながら舐めまわすように観察される。
わたしは耐えられなかった。
わたしは女性が好きな女性、いわゆるレズビアンである。
もちろん女性ならば誰でも良いわけではないけど、ストライクゾーンが広い自覚はあった。
そんな女がすぐ触れる距離に、可愛い異世界の女の子がいる。
た、助けて姫さま……!
でも姫さまが来るのは今晩である。
助けは来ない。
しかしルチアーナは諦めたのか。
「うぅ~ん。やっぱただの人形なのかなぁ」
腕を組んでうなり始めた。
しばし唸り、彼女がポンと手を叩く。
「カラダに触れば何かわかるかも!」
え。
それは無理!
今、わたしは人形から人間に戻ってるんだよぉ。
ただでさえ汗が出ないよう必死なのに。
触られちゃったら声が出ちゃう!
わたしの正体が人間だってバレちゃう!
その間にも、ルチアーナの興味に塗れた右手がわたしの頬に伸びてくる。
どうする、どうする……!
さんざん悩んだわたしは、挙句。
ピトッ。
「うひゃあああ!」
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