第2話 準備をしよう。

 引きこもりニートの普段着は、パジャマである。

 異論は認める。


 パジャマじゃないと落ち着かないのだ。

 で、まあ結婚式でパジャマとかどう考えてもいかんわけで。

 スーツを着てみることになった。

 母方の祖父が亡くなって。その葬式で着て以来になるか。


 か、かなり……きつい。


 母親は言う。


「誠一、あんた太りすぎ! 食べ過ぎ! もっと摂生しなさいって言ってるでしょ!」


 引きこもりニートの数少ない楽しみを奪わないでほしい。

 美味しい食べ物を腹一杯に食べるのは、至福なのだ。


 まあそれでもぎりっぎり、スーツは着ることができそうだった。

 問題なのはYシャツ。


 腹回りはなんとかいけそうなのだが。


「ぐ、ぐぐぐ、ぐ、ぐえええ!!!」


 首回りのボタンは完全にアウト。

 無理につけたら、首が絞まって、死ぬわこれ。


 その日のうちに父が近所のショッピングモール《イーオン》で買ってきてくれたものを着直したのだが。それでもぎりぎりだったもんで……父と母からふたりして睨まれた。


* * *


 靴も履いてみないとわからない。

 これも葬儀のときになるのだが、紳士靴の上げ底がぱかーんと取れたことがあったのだ。おそらくは接着剤が経年劣化で弱くなっていたためだろうけど。


 今回、用意してもらった靴は……俺が就職活動で使っていたものだった。

 まだ取ってあったのか、とすこし驚き。同時にじわじわと憎しみが湧いてくる。

 足を入れてみる。

 サイズはだいじょうぶそうだった。

 踏みならしてみたところ、状態もよさそう。

 この靴を履くのは、非常に抵抗があるのだが、代わりになるものはない。

 仕方のない選択だ。

 願わくば、結婚式の最中に、俺の怒りの思い出という導火線に火が付いて、爆発しないでほしいものだ……


* * *


 鬼門、ネクタイ。

 結び方なんぞまったく覚えておらず。


 教え方が下手な父はあてにならず。

 母もうろ覚えといった状態。


 こっちを下にしてあっちが上で。

 左をくるっと滑り込ませたら、右からも同じように回して。

 などと、指示語しか機能していない状態に。

 もしもAIにネクタイの結び方を聞いたら、どんな回答が返ってくるかなあ、なんて益体もないことを考えながら。

 どうにか結ぶことができて。

 ま! 当日やってみてなんとかなるっしょ! と俺はネクタイ結びの練習を打ちきった。


* * *


 ナイフとフォークの練習もさせられた。

 我が家の夕食で、ひさびさにステーキが並ぶ。


 フォークをぶっ刺して、ナイフでぎこぎこ!

 俺が下手なんじゃない、ナイフの切れ味が悪いんだ。と思いたいくらい肉は潰れてしまった。

 本番はどうなるんだろうか。


* * *


 と、まあ。

 俺なりにできることは、やっていったつもり。

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