弟がさ、異世界婚するらしいんだわ……

水嶋 穂太郎

第1話 俺が最後に《兄貴》と呼ばれたのはいつだったか、もう思い出せない。

 一時期、俺は弟と絶縁に近かったことがある。

 母方の祖父が死んで、葬式に参加した際に、えらく恥をかかされたためだ。


 あとになって、家族で反省会があり。

 すくなくとも俺が激怒するのも納得なことで、弟がもっと気を遣うべきだったという結論がでて。

 弟には、今後もっと人のことを考えて発言や行動をするように、と。

 俺には、兄弟2人しか親族がいなくなるんだから、仲良くするように、と。

 まとめられた。


 時間はかかったものの、弟が普段の態度や行動を改善しようとしている姿を、見ているうちに。俺も、怒りや憤りがうすれていって。

 仲は良くもなく悪くもないといったところに落ち着いた。

 それが10年ほど前のこと――。


 * * *


 前置きが長くなった。

 俺の名前は立花誠一(たちばなせいいち)。就職氷河期によって社会に入ることができなかった、引きこもりニートである。年齢は41だ。


 そんな俺に、無理難題が立ちはだかろうとしていた……


『おれ、今度さ。結婚するんだけど、兄貴もきてくれない?』


 というメッセージを受け取った。

 直接、俺が受信したわけじゃなく、母親の携帯端末にそんな内容が送られてきた。

 母親を経由して俺に伝えられたわけだが。

 もちろん、母と父は参列する。でも、俺はどうだろうか、という意味だ。


 俺の第一印象はというと。

 どの口が言うんだ? とか都合良くない? とかなぜお前のために? とかではなく……『お前、ぜってー俺の前じゃ《兄貴》なんて呼ばないよな?』という苦笑い。


 俺と弟の会話は、『相手の目を見る』ところからはじまる。

「なあ」とか「ねえ」とか「おい」とか「あのさ」とか付け加えながら、だ。

 いちいち、兄貴、とか言わない。

 弟の名前は勇斗(ゆうと)というのだが、俺も「勇斗さあ」とか言わない。


 なので、文面とはいえ、《兄貴》なんてもんが唐突に現れたもんで、びっくりと同時に変な笑いがこみ上げてきたわけよ。


 さて、と。

 弟のことは正直どうでもいいのだが、お嫁さんとそのご家族のことを考えるとな。

 行かざるを得ないというか、行かないとまずいというか。


 行かなかったら、弟のお嫁さんやそのご家族に、嫌な思いをさせること間違いなしである。


 弟の嫁がどんなひとなのかも気になるし。

 両親に聞いてみたところ、「おまえのことだから、相手のお嬢さんに当日いろいろ聞いて、口が止まらなくなるのが心配だから話さないでおく」と言われた。

 し、失礼な。

 そ、そんなこと、しないよ? うん、しないはずさ。


 とりあえず俺は、行くことを前向きに検討しておく、と両親に告げた。

 父も母もほっとした様子だったが、あくまでも検討の段階。

 とはいえ。前日になって「やっぱ行かない」と言ったっていいんだぜ? すべては俺の裁量次第なのさ、ぐへへへ…………とかいう洒落にならん冗談はしない。された人生経験があるので、俺はそんなやつではないという注釈のために言っておく。


 当日がどうなるかは、まったくわからない。

 引きこもりニートにはなにもかもが生きづらい世の中になってしまっているものだ。


 弟の結婚式まで、あと1ヶ月。

 俺は自分の体調を整えることに注力する。

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