エピローグ 【終わりの終わり ~セーブするまでが冒険です~】

 あれから、数日が経った。


「ごちそうさまでした」

 朝ご飯を食べ終えて、食器を流しに運ぶ。そしてスポンジを手に取った。

「お母さん、あたしが食器洗うよ」

 はきはきと言うと、お母さんが意外そうな顔をした。


「みぃ、この頃お手伝いに積極的だな。前まで言われて渋々やるくらいだったのに」

 お兄ちゃんがくすりと笑って言う。

「えへへ。これがあたしにできること、だもんね。だから精一杯やるの!」

 あたしも笑顔を返した。




 五分後、皿洗いを終えたあたしは、足早に自分の部屋に行く。


 そして勉強机の上に置かれた大量の夏休みの宿題――から目を逸らしつつ、備え付けの本棚から真新しいノートと自由帳を抜き取った。その二冊を胸に、再びリビングへ。


「お兄ちゃんっ!」


 ソファーに座って、ノートパソコンをカタカタやっていたお兄ちゃんに声をかけた。

「ね、今日もお願い!」

「ああ」


 顔を上げたお兄ちゃんは、ちらっと画面を見ると、すまなそうに眉を下げる。

「もうちょっとだけ待ってもらえるか? レポートをキリのいいところまで書いておきたいんだ。……先に部屋に行っててくれ」

「ん、分かった。なるべく早くね」


 実は、つい最近始めたことがあった。


 あたしはリビングを出ると、二階に上がってお兄ちゃんの部屋のドアを開ける。散らかり気味なあたしの部屋と違って、ここはきれいに整頓されてて、同じ大きさのはずなのになんだか広く感じる。見習わなくちゃなぁ……。


 テストプレイのときにはいつもそうしていたように、パソコンの目の前のイスに座って、レバーで高さを調節する。――でも、今日やるのはテストプレイじゃないんだ。


 ただ待ってるのもヒマだったから、あたしは持ってきたノートを開いた。そこには、お兄ちゃんから教えてもらったゲーム制作に関する用語や操作方法がメモしてある。


 あたしが始めたこと、それは、お兄ちゃんに習ってゲームを作ることだ。もちろんまだまだお勉強って段階で、お兄ちゃんが元々作ってたキャラクターをちょっと動かしてみるとか、お試し的なことしかやってないんだけど。

 実際にゲームとして遊べるものを作ってみるようになるにはどのくらいかかるか分かんない。でも、こつこつ覚えて、お兄ちゃんみたいに作れるようになりたい……なぜなら、あたしには目標があった。


 自由帳に手を伸ばす。そこには、もし本格的にゲームが作れるようになったら、登場させたいキャラクターの設定が書いてある。


 話す口調は丁寧だけど、性格は大胆で遠慮知らず、常に自信満々なアサシン。


 広島弁を操る、優しくて世話焼きな僧侶。


 小さくて無邪気で、びっくりするくらい食べることが大好きな妖精フェアリー


 そして、大柄でたくましい体に似合わず無気力な――伝説の勇者。


 多分ずっと先の話だと思うけど、このキャラクター達の物語は、あたしがいつか、ぜーったいに形にするんだ。

 ちなみに……実は、ゲームのタイトルももうすでに決めてたりする。


 自由帳を閉じる。その表紙の真ん中より少し上の辺りに、ネームペンで書いた『オルタナティブ・クエスト』という文字を指先でなぞった。


 きっかけは、英語の宿題をやるために英和辞典を使っていたときだった。ふと目に留まった「alternative」の文字。その意味を見ると、数ある中の一つに、「新しい、型にはまらない」とあった。それで、これしかないって思ったんだ。


 決められた設定という型を飛び出したあのときのみんなに……ね、ぴったりでしょ?


「みぃ、お待たせ」

「あ、お兄ちゃん! 早くやろっ!」


 どこかがおかしい仲間と、何かが変な世界で大冒険。プレイ時間は、一時間と半分くらい。ほんの短い時間だったけれど、そのセーブデータはきっと、消えずに残り続ける。


 ――でも、できればまたいつか、続きからロードしたいなぁなんて、そんな淡い願望を抱きつつ。


「……じゃあ、始めるか」

「うん!」


 あたしは元気よく頷くと、パソコンの電源スイッチを押した。



――GAME CLEAR――

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オルタナティブ・クエスト リウ @riu_mascot

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