出会い
彼女に出会ったのは、大学二年の春だった。
講義室に入ると、いつものように僕の周りだけが空いていた。二百人近い学生がいる大教室なのに、僕の席の前後左右三列は無人地帯だ。
まるで結界でも張られているかのように。
それが僕の日常だった。高校までと何も変わらない。大学に入れば何か変わるかと思ったが、噂はすでに広まっていた。
講義が始まる五分前。遅刻ギリギリで滑り込んでくる学生たちで教室が埋まっていく。でも、僕の周りだけは相変わらず空白のままだった。
「あ、ここ空いてますか?」
声がした。
顔を上げると、見知らぬ女子学生が僕の隣の席を指していた。
「……空いてますけど」
僕は警告するように言った。
「ここ、座らない方がいいですよ」
「どうしてですか?」
彼女は不思議そうに首を傾げた。
「その……僕、評判が悪いので」
「知ってます」
彼女はあっさりと言った。
「生物殺し、でしたっけ?」
僕は息を呑んだ。
知っている。彼女は知っているのだ。
なのに、なぜ。
「でも、いいじゃないですか」
彼女は笑って、隣に座った。
「私、佐々木といいます。よろしくお願いします」
周囲の学生たちがざわめいた。
「マジかよ、あいつ近づいた」
「大丈夫なのか……」
でも、彼女は気にした様子もなく、カバンからノートを取り出した。
その横顔を見て、僕は不思議に思った。
なぜ、この人は僕に近づいてきたのだろう。
それから、彼女はいつも僕の隣に座るようになった。
講義室に入ると、彼女はもう席に座っていて、僕に手を振る。僕が座ると、彼女は「おはよう」と言って笑う。
周囲の学生たちは、最初こそ驚いていたが、やがて慣れたのか、あるいは呆れたのか、何も言わなくなった。
ただ、相変わらず僕たちの周りだけは空白のままだった。
ある日、講義が終わった後、僕は彼女に尋ねた。
「どうして僕の隣に座るんですか」
彼女は教科書をカバンにしまいながら、答えた。
「あなた、いつも一人でしょう」
「……それは」
「寂しそうに見えたから」
彼女は僕を見た。その目には、同情ではなく、何か別の感情があった。
決意、のようなもの。
「噂のこと、知ってるんですよね」
「ええ」
「じゃあ、どうして」
彼女はしばらく黙っていた。
やがて、静かに口を開いた。
「昔、私も……誰かを一人にしてしまったことがあるんです」
「え?」
「その人を助けたつもりだったんです。でも、結果的に、その人を孤立させてしまった」
彼女の声が、少し震えた。
「私は自分を守るために、その人から離れた。そして、その人は『変な奴』として、みんなから避けられるようになった」
彼女は僕を見た。
「あなたを見た時、その人を思い出したんです。今度こそ、逃げたくなかった」
その言葉の意味が、僕にはすぐには理解できなかった。
でも、彼女の目に浮かんだ後悔の色は、本物だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます