13
シャワーを浴び、衣服を身に付け、先払いでもらっていた金を確かめ、シャワールームから出ると、夢子は商売用ではない、シンプルな黒いニットとジーンズに着替えて茶色い革のバッグを肩にかけていた。
「ねえ、ちょっとだけ、家行ってもいいでしょ?」
こうやって、彼女が時市の部屋にくることは、時々あった。もちろん彼女だけが特別だということではなく、リピーターでそれなりに信用ができる客には、時折行うサービスだった。
時市は、一瞬迷った。この時間だと、多分部屋にはひばりがいる。けれどすぐに、いいよ、と返したのは、ひばりなら即興で上手く話しを合わせてくれるだろう、と算段したからだった。それにそもそも、ひばりと時市の間には、夢子や他の客に後ろめたく思うような、なんらかの関係があるわけでもない。ただ、ひばりが時市の命を救い、時市はその礼に住処を提供しているだけだ。
「嬉しい。部屋に行くの、久しぶりね。」
「妹がいるよ。多分。」
「分かってるわ。」
夢子は時市の腕にしがみつくと、そのまま彼を引っ張るみたいにして部屋を出た。観音通りの売れっ子である彼女は、通りから少し離れた住宅街にきれいなマンションを借りている。観音通りの真っただ中にある時市のアパートまでは、徒歩10分くらいだろうか。その間、彼女は楽しげに時市になにくれとなく話しかけていた。ほとんど条件反射のゲームみたいに、おんなのお喋りに付き合っていた時市には、彼女がいささかハイになっているような雰囲気が感じられた。彼女が薬をやっている、ということは多分ないし、躁鬱みたいな病気でもないはずだから、なんなのだろう、この違和感のある明るさは。
時市は内心で首を傾げながら、それでも夢子をアパートまで連れて行き、部屋の鍵を開けた。
「ひばり。ちょっとお客さんなんだけど。」
玄関から室内に声をかけると、白いワンピース姿のひばりがリビングに続くドアから顔を覗かせ、時市と、彼の後ろに立っている夢子を見た。彼女の表情は、一瞬だけ怪訝そうに曇ったけれど、すぐににこやかな笑みに変わる。
「そうなの。いらっしゃい。」
「おじゃまします。」
軽く頭を下げた夢子は、時市の腕にぶら下がったまま離れようとしない。ちょっと異様な感じのするテンションも、そのままだ。
「お茶を淹れるわ。」
ひばりが控えめに言いながら、目線だけで時市に、手伝いにこい、と合図する。時市も目線だけで頷き、夢子を室内に招き入れた。
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