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 「あの子、誰? あの、昨日一緒に歩いてた子。」

 そう訊いてきたのは、時市の顧客のひとりで、夢子、という名で客を取っているおんなだった。時市と彼女は裸でベッドの中にいて、時市は、そろそろシャワーを浴びて家に帰ろうか、と逡巡していたところだった。

 「え? 昨日?」

 昨日の夜、時市は、ひばりと近くのスーパーマーケットまで買い物に行った。けれど、おんなとスーパーマーケットに行くなんて、時市の商売上ありふれていることで、それを夢子に取り沙汰されたのは、数年間に及ぶ付き合いで、はじめてのことだった。

 「そう。昨日。まだ子供みたいな子。時市くんって、ロリコンだったのね。」

 冗談みたいに夢子が言うけれど、彼女の目は笑っていなかった。彼女とて、金で時市を買っている。他にも時市を買っているおんながいることくらい百も承知で。ということは、おんなの勘だかなんだか知らないが、夢子はひばりが自分たちとは違うポジションにいることを、はっきりと感じ取っているのだろう。

 時市は、言葉に迷って肩をすくめた。男に抱かれて稼いだ金で、さらに男を買って抱かれる。その行動を、馬鹿げていると笑うことなどできない。結局のところ、寂しいのだろう。誰もかれも。

 「……妹。地方から上京してきて。」

 時市は、だからそんな嘘をついた。嘘をつくことに、罪悪感なんてない。嘘で固めたプロフィールで商売をしてきた。それなのに、なぜだか舌がざらついた。

 「……そう。」

 夢子は一瞬の沈黙の後、微笑み、それから時市の腹の傷跡に沿って、細く白い指を動かした。彼の傷跡は、あの男が言っていた通りの効果を生んだ。箔がつく。確かにあの男は、そう言った。

 時市の説明に、夢子が本心から納得していないことくらい、時市には分かっていた。おんなの感情の裏を読むことで、これまで金を稼いできたのだ。それでも今日は、それ以上の誤魔化しを重ねる気にもなれない。夢子の額に唇を落し、ベッドから下りる。

 「妹さんが、待ってるのね。」

 嫌味な調子など微塵も見せず、けれどそれを信じているわけでもないのがよく分かる口調で、夢子が言う。

 ひばりは別に、時市を待ってなどいない。だけど、そんなことないよ、と言うのも白々しいだけのような気がしたので、時市は曖昧に首を傾けた。ベッドの上の夢子の白い身体は、はるか昔に化石化した清らかな骨に見えた。

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