夏
1.
「れーな、帰ろ」
廊下側の最前列の席で帰り支度をしていると、別のクラスの紫貴が迎えに来た。
扉に掛けた右手にもたれ掛かるように立つその男に、私の心臓はまだ慣れていないらしい。
駅までの道を二人で並んで歩く。
「れーな、今週の土曜日はいつも通り12時まで?」
私が所属するダンス部は火・木曜日の放課後と土曜日の午前中に部活がある。一方紫貴が所属するバスケ部は月・木・土曜日に練習があるが、土曜日は午前だったり午後だったりする。
「俺も午前練だから一緒に帰ろ」
最近は部活が被らなかったり期末試験の勉強で会えなかったりで、部活帰り以外はゆっくり過ごせていなかった。
「それでさ、」
「西条先輩!」
紫貴の言葉は、後ろから走ってきた女子生徒に遮られた。
足を止めて振り返ると、ボブの女の子が追いついてきてぱっちりした目で紫貴を見上げる。
「西条先輩、土曜の部活が終わったあと、もし良かったらこの前のあれ、教えて貰えませんか?」
おずおずと上目遣いで紫貴の顔を伺うその子はまつ毛を上げて前髪を丁寧に巻いており、可愛いらしい。
この子は誰?
この前のあれって何?
もやもやしたものが胸に広がった。
「今度の土曜日は用事があるから」
紫貴はそれだけ言うと、私を促して駅に向かい始めた。
「大丈夫?」
土曜日の予定のこととか、素っ気なく会話を終わらせて置いてきた女の子のこととか。そんな疑問を曖昧にして、回答を紫貴に委ねる。
「何が?」
でも、きょとんと聞き返されてそれ以上は言葉が見つからなかった。
紫貴はモテるから、私はいつも不安だ。
三ヶ月前に付き合い始めてからずっと、この不安は消えない。
「そういえばさっき土曜日のことで何か言いかけてなかった?」
「そうだ、部活の後にこの前れーなが行きたがってたカフェに行かない?」
「...行く!」
SNSで見つけた店内にお花が飾られたお洒落なカフェ。スイーツがとても美味しそうなんだ。
紫貴はゆるっと目を細めて微笑んだ。切れ長の目を和らげて微笑むこの顔が好き。
*
土曜日。
部活を終えて紫貴を正門で待つ。
土曜日の学校は色々な部活動が行われているから、結構賑やかだ。
吹奏楽部の演奏と野球部の掛け声を聞きながら参考書を開いた。
「西宮さん」
英単語を覚えていたところで名前を呼ばれて顔を上げると、練習終わりのサッカー部が何人か横を通り過ぎるところで、その中にクラスメイトがいた。
「森くん、練習終わり?」
「そうそう。西宮さんもさっきエントランスで踊ってたよね。文化祭の練習?」
「そうだよ」
「ダンス部の発表は迫力があるから今年も楽しみだよ」
毎年ダンス部は文化祭で公演がある。
普段はできない格好をできるのもあって、今からわくわくしている。
クラスの男子の中でも森くんは気さくで話しやすい。無愛想な私にも話しかけてくれるいい人だ。
でも森くんが立ち止まったことで一緒に歩いていたサッカー部の子がこちらを見ていて少し気まずい。
どうやって話切り上げようか考えていると、後ろから伸びてきた腕が私の肩を抱いた。爽やかで少し甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「れーな、お待たせ」
少し低くて心地よい声。
紫貴は私の顔を覗き込んで微笑み、そばに立つ森くんに目を向けた。
「クラスメイトの森くんだよ。部活帰りみたい」
紹介すると、紫貴に見つめられた森くんは少し気まずそうな顔をして、「それじゃ」と仲間の元に戻って行った。
「急いできてくれたの?」
私は紫貴乱れたサラサラの黒髪に手を伸ばし、手櫛で整えた。
「遅れてごめんね」
「全然待ってないよ。でもお腹すいたから早く行こ」
ランチを食べて、スイーツも食べたい。チーズケーキかキャロットケーキで迷ってるんだよね。でもタルトも捨てがたい。いっそ二個頼んじゃう?食べ盛りの男子高生ならきっと私が残しても食べれるよね?
他愛ない話をしながら隣を歩く紫貴を見る。
今日もかっこいいな。
サラサラの黒髪も、切れ長の目も、長い足も、落ち着いた声も。
全てが美しくて、完璧なこの人は何故私と付き合っているんだろうと不思議に思う。
あまり詳しくないけど紫貴は絶対モテる。
さっきの子だってそうだ。
部活もクラスも違う私が知らない紫貴を、きっと他の女の子たちは知っているのだろう。
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