第5話 自分と向き合い、乗り越えるために
カインは静かに目を閉じ、しばしの沈黙に沈んだ。玉座の間に吹き込む風が、まるで時間までも止めたかのように感じられる。やがて、彼はゆっくりと目を開き、そこにはこれまでとは違う光が宿っていた。冷酷で威厳に満ちていたそれは、どこか人間的な温もりを帯びていた。
「さあ、勇者よ。我を討て。心の闇を晴らすために、我が命を捧げよう。我一人の命で、人々の憎しみが少しでも和らぎ、地獄を彷徨う魂が減るのならば……それで良い。」
その声には嘘がなかった。己の役割を理解し、すべてを受け入れた者の静かな覚悟がそこにはあった。
だが、レイはその言葉を聞いても剣を構えようとはしなかった。代わりに彼は、深く息を吐きながらゆっくりと首を横に振った。
「……俺は、お前を討たない。」
その答えに、カインはわずかに眉をひそめた。
「……何?」
「これは、俺の中にあった闇だ。お前を倒したところで、俺の心が完全に晴れるとは限らない。これは俺自身の手で、俺自身の力で消し去らないといけないんだ。」
レイはそう言いながら、静かに背を向けて歩き出した。重く沈んでいた空気が、少しだけ軽くなる。闇を断ち切るのは、剣でも魔法でもなく、選択の積み重ね。レイはそれを、ようやく理解したのだった。
カインはその背を見つめながらしばらく立ち尽くしていたが、ふいにふっと息を吐いた。そして、落ち着いた声で言った。
「……待て。我も共に行こう。お前だけでは心許ない。お前が再び闇に侵された時、止める者が必要だ。」
歩みを止めたレイは、背中越しに笑みをこぼす。
「……ああ、頼む。」
こうして、かつて敵として剣を交えた勇者・レイと魔王・カインは、奇妙な同盟を結ぶこととなった。彼らが戦うのは、外敵ではなく、レイの内なる闇。それを振り払い、痛みを癒やし、真の意味で自分を取り戻すための旅が今、始まる。
それはきっと、困難と試練に満ちた道となるだろう。怒りや悲しみに再び心を奪われる時もあるかもしれない。だが、それでも歩き続ける限り、どんな深い闇も、いずれ光を知る。
カインもまた、自分の存在に新たな意味を見出し始めていた。かつて世界を支配し、恐れられた彼が今や人間の心の内を知るべく、レイと共に旅に出たのだ。
その一方で、玉座の間には再び静寂が戻っていた。しばらくして、タローは目の前に手を伸ばす。
「ふむ、なるほどー。今回は、私の出番少なかったですねー。」
タローは二人の背中を遠くに見送りながら、どこか満足そうに微笑んでいた。
「ですが、必要な時に、必要な言葉が届けばそれでいいんですよー。主役はあくまで彼らですからねー。」
彼はそう呟くと、伸ばした手から魔力を放ち始めた。
「あの方々にマドレーヌ渡そうと思ってたんですが、もう行っちゃったようですねー。……まあ、お二方の目の前に転移させておきましょう。」
︎︎そして、一通り用を済ませたタローは時空の裂け目を作り、その向こう側へと消えていった。
残されたのは、静かな余韻と、変化の兆しを告げる風だけだった。
──そして、新たな物語が、またどこかで始まろうとしていた。
「……これは……マドレーヌ? ︎︎一体どこから……?」
「分からん。我が召喚したものではない。」
「……食べるか?」
「……食べるか。」
──そして、彼らもまた、新たな物語を紡いでいくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます