第4話

 ほうこうと言えば聞こえは良いが、要はくちらし。殺されるよりはましではあるなと、腹をくくってあきんど目指せば、お釣りが来ると信じて歩んだ五十年。終わりに向かう人生に、華を添えたいと願う気持ちは人一倍でございました。


 とは言え、女房をしちに入れて若い女と駆け落ちとは、いささか事が過ぎるというもの。私は駄目だとは思いますよ。しかし、当時は男女の関係は乱れに乱れていたというから驚きだ。こればかりは時代背景なので変えようが無い。という事で、酒と接待で気持ちを大きくした御主人は、どりあしで店に戻るやいなや、さっそく若い衆をき集めました。


赤城屋主人:「かみき落とした奴には、ばんとうに次ぐ地位をくれてやる」


 と、酒臭い息をきながら息巻く御主人。


 ばんとうというのはあるじの次に店を仕切る大役でございまして、さすぞの馬の骨かも分からぬ連中に任せる訳にはいきません。そこはぜに、よく考えられているようでございまして、ばんとうにはなれずとも若手にとっては大出世。なかに帰れば母親に楽をさせた上に、でかいつらが出来るというものでございますから、この好機にあやかろうと、腕に自信のあるやからが我先にと名乗り出てきました。


 仕事もせずに何とやら、かみが気付かぬ訳がない。仕事でも無しにざわざわと、全く役に立たない上にい事この上ありませんでしたので、こいつは亭主のいつものごとか、それとも事件でもあったのかと、店の者に問い詰めましたる所、夫婦関係はではないと申しますか、片一方の予測が完全に合致しておりました。しかしながらに、せっかくの出世のいとぐちのがす手はないという事で、かみかみがかったせんがんにヒヤリとしながらも、皆一向に口を割る気配はございません。


 御主人も厳しき責めを受けました。こうずいの様に激しくたたけて来ましたるじんもんは、まるで水攻めのごとごうもんでございます。しかし、まで来たら主人も墓場まで持っていく覚悟でございまして、ぐっと奥歯が欠けてしまう程に食い縛って、どうにかこうにか耐え抜いた次第でございました。

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