第20話「影は進み、光に焦がれる」

翌朝、澪はいつものように制服を整え、静かに学校へと向かった。


 教室に入ると、微妙な空気の変化を感じ取る。クラスメイトたちがひそひそと何かを話している。その中心には──昨日、協会で声をかけてきた男子、小野の姿があった。


「マジだったんだな。高嶺の花が……ダンジョン探索者とはな」

「信じらんねぇよな。澪が、あの澪がモンスター倒してるとか……」


 言葉には驚きと、ほんの少しの羨望が混じっていた。


 澪は何も言わず、自分の席に静かに座る。視線を気にする様子もなく、ノートを取り出して授業の準備をするだけだった。


 ──ただ、背筋を伸ばし、毅然とした態度で。


 その佇まいに、誰も気軽には声をかけられない。


 (私は、ただやるべきことをやるだけ──)


 ──放課後、澪と里香は再びD級ダンジョンへ潜る。


「今日は、スキルの使い方に集中してもらうわ。……体を無駄に動かすな。冷静に、確実に」

「はい!」


 澪の指導は、厳しくも的確だった。感覚を研ぎ澄ませ、敵の位置と動きを予測する。


 やがて、里香は隠密スキルを使って背後を取り、短剣を急所へと突き立てた。


 その様子を見守る澪の表情が、わずかに綻ぶ。


 次第に増える接敵の中、二人は支え合い、少しずつ前へと進んでいく。


 2層に差し掛かったその時だった。突然、周囲の空気が張りつめる。物陰から現れたのは、1層では見なかった異形──細長い手足に不気味な仮面をつけたようなレアモンスターだった。


「……普通じゃない、気をつけて」

「う、うん……!」


 素早く動くその影を相手に、二人は連携して立ち回る。澪の刀が牽制し、里香が隙を突いて短剣を差し込む。


 やがて、レアモンスターが地に伏し、地面に小さな宝箱が現れる。


 澪が静かに開けると、内部には鈍く紫色に輝く短剣が納められていた。


「状態異常……麻痺の属性か」

「すごい……これ、使っていいのかな……」


「あなたが倒した敵。あなたの手で、使いこなしなさい」


 澪の言葉に、里香は小さく頷いた。


 麻痺の短剣を手に、二人はさらに2層の奥へと進む。

 接敵頻度は増し、より素早く、より冷静な判断が求められる。


 その最中──澪の内に、なにかが高まっていくのを感じる。

 敵の気配を察知し、地を蹴って踏み込み、刀を鞘から一閃──


「零式・白刃凍結──」


 氷の粒子が舞い、斬撃と同時に地面から数メートル先まで白銀の氷柱が突き出す。

 複数の敵を一度に凍結・貫き、その場を制圧する鮮やかな一撃だった。


「……また、一つ、進めたわ」


 静かに呟いた澪の頬に、わずかな汗と達成の光が宿っていた。


 ──その刹那、澪の中で氷神が囁いた。


『美しい……氷と刀。調和の妙。お前は、やはり私の器だ』


 そのつぶやきに、澪は一瞬だけ眉をひそめるも──また前を向いて、静かに歩を進めた。


探索を続ける中で、里香もまた着実に短剣の扱いに慣れていった。

 戦うごとに動きが洗練され、足運びにも迷いがなくなる。


 そして、レベルアップの光が彼女を包む。


「……やった……!」


 その瞳に、自信の光が宿る。


 二人は2層の終点付近で探索を終え、協会への帰還ポータルを開いた。


 地上へ戻った澪がスマートフォンを確認すると、ちょうどそのタイミングで画面が震えた。


 ──着信:千堂葵


 画面を見つめたまま、澪は小さく息をついた。


 通話ボタンを押すと、すぐに葵の声が耳に届いた。


『澪、明日から海外任務よ。国際部隊から応援要請が入ったの。場所は東南アジアの島。現地でスタンピードが起きていて、対応に追われてる。』


「……海外……」


『まだ日本に影響はないけど、今回の遠征はいい経験になるはず。明日の早朝に出発だから、準備しておいて。』


「……学校は?」


『適当に理由つけて休んで。大丈夫、手は打っておくから。期待してるわよ、澪。』


 通信が切れた後、澪はスマートフォンを見つめながら静かに呟いた。


「いよいよ……ね」

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