1000年のキャベツベイビー

羽藤

プロローグ

「いいですか、お二人とも。この特別な『ライフキャベツ』に、それぞれの血を一滴ずつ垂らしてください」

白衣を着た医療技術者の女性は、無菌室のガラスケースに収められた鮮やかな緑色のキャベツを指差した。そのキャベツは普通のものよりも大きく、葉の模様も独特で、まるで胎盤のような有機的な曲線を描いていた。

「血を垂らしたら、あとは9ヶ月待つだけでよろしいですか?」

そう尋ねたのは30代半ばの女性、本田千春だった。隣には同い年の夫、本田大輔が立っている。二人は5年間の不妊治療の末、「キャベツベイビー」という選択肢にたどり着いたのだ。

「はい、その通りです。この特殊培養されたキャベツは、お二人の血液中のDNAを抽出・融合させ、9ヶ月間かけて完全な赤ちゃんを形成します。成長過程はモニターでご覧いただけますし、栄養状態や発育状況もすべてデータで確認できます」

技術者はタブレットを操作しながら説明を続けた。

「出産の痛みも、つわりも、体型の変化も一切なく、100%安全に、お二人の遺伝子を持つ赤ちゃんが誕生します。『ライフキャベツ』の特許取得技術により、すでに全世界で50万人以上のキャベツベイビーが誕生していますよ」

千春と大輔は顔を見合わせた。長年の不妊治療で疲れ切っていた二人の目に、久しぶりに希望の光が灯った。

「では、始めましょうか」

二人はゆっくりと頷いた。

針で指先を刺し、一滴ずつ血を垂らす。緑色のキャベツの中心部に落ちた血は、あっという間に吸収されていった。

「おめでとうございます。これで受精完了です。9ヶ月後に、お二人の子供が誕生します」

技術者は満面の笑顔で言った。

二人はまだ信じられない思いで、ガラスケースの中のキャベツを見つめた。そのキャベツの中で、彼らの子供が育ち始めていた。

2054年、「キャベツベイビー」の時代が幕を開けた。

誰も想像していなかった。

この技術が人類の在り方そのものを、今後1000年にわたって変えていくことになるとは。

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