第6話 オカルト部

 私たちは、本を置くためにオカルト部の部室がある旧校舎へと向かった。旧校舎は木造建築で、長い年月を経て外壁には苔がびっしりと生えている。


 窓は割れたまま放置されている箇所が多く、いくつかはテープで無理やり修復されている。修理を頼んだことはあるが、予算がないと相手にしてもらえていない。校舎内はさらに暗く、照明はちらつくものがほとんど。真っ暗な廊下を歩くたびに、古びた木の床がギシギシと音を立てる。その音が耳に響いて、部室へ向かう足が少しだけ遅くなる。


 旧校舎の鍵は壊れている。ドアに取り付けられた錠前は見せかけだけのもの。誰でも開けることができるのに、それでも旧校舎に近寄る人はほとんどいない。理由を尋ねるまでもない。ここには「呪われた部室がある」という噂が流れているのだから。


 オカルト部の部室の扉を開けると、世界観ごちゃまぜの空間が広がっている。歴代の部員たちが集めた占いの本が棚にずらりと並び、その一部は埃にまみれ、表紙が色あせている。内容は本格的なものから、小学生向けの物まで様々だ。


 棚の上には奇妙なグッズが無造作に置かれている。占いに使用するタロットカードから、パワーストーン、ろうそくなど様々だ。誰が持ってきたのか、大量のお面と用途不明の禍々しい模様の布まである。ここにあるものはほぼ卒業していったオカルト部員の置き土産だ。



 他の生徒からは『この部室に入ると呪われる』という噂が立つのも無理はない。私も、日和に誘われて初めて入った時は、不気味な雰囲気に圧倒されたものだ。正式に部活に入ってからも、この空間にはまだ慣れてはいなかった。


 でも大叔母さんの家を見た後かな、怖くない。それよりも、どこか粗末なガラクタが集まった部屋に見えていた。


「ねえ、ちょっとだけでいいから本を見せてよ」


 日和が待ちきれないという態度で、言った。


「もうすぐ朝礼だし、ちょっとだけよ」


 私はカバンを机の上に置いた。本の重さで、机に鈍い音が響いた。 日和はカバンから取り出された本をまじまじと見る。


「すごい、革の本だ。装飾も綺麗! ねえ、開いてもいい?」


「どうぞ」


 日和は本の表紙をめくり、そこに書かれた文字を見て驚いた。


「すごい、これルーン文字だよ。どうしたのこの本」


「ルーン文字?」


「ルーン文字ってね、北欧とかゲルマン文化で使われてた古い文字だよ! 魔法とか呪術にも関係があるって言われてるんだ。ほら、部室にも似たようなルーン文字が使われてるおまじないグッズがあるでしょ。知ってた?」


 日和は本の中のルーン文字を指差しながら熱心に語る。それを聞いて、私はふと部室で見かけたあるグッズを思い出した。部屋の隅に置かれていた小さな石版。そこには知らない文字が刻まれている。よく足をぶつけて痛い思いをしていたので、記憶にあった。


「ああ、あの邪魔な石! あれもルーン文字なの!?」


 私は少し驚きつつ、日和に尋ねる。彼女は笑顔で頷きながら言った。


「そうそう、あの石版。何かの儀式に使うためのものって聞いたことあるよ。儀式の内容までは知らないけどね」


 日和の表情はどこか楽しそうで、その話に引き込まれるような気がした。


 本を閉じると、彼女は椅子を引き寄せながら言う。


「ね、この本もっと調べてみようよ。澪の大叔母さんが持っていたものって何だが気になるし」


 日和は楽しそうにしていたが、私はふと胸の奥に何かがざわつくのを感じていた。この本の正体を知りたい気持ちはあるが、踏み込んではいけない領域かもしれないという不安があった。まして、日和も巻き込んでいいものか。


 日和が本をめくりながら、「イラストも雰囲気ある!」と興奮気味に語っているその時、校舎全体に低い音が鳴り響いた。朝礼を告げる予鈴だ。


「えー、もうそんな時間?」


 日和が不満そうに時計を見る。


「ほら、早く行かないと遅れるよ」


 私は本を部室の棚にしまいながら、急ぐように言った。


「はーい、続きは放課後ね」


 名残惜しそうな日和の腕を掴み、私たちは部室を後にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る