第4話 娯楽は娯楽、愛は愛

目の前で目を潤わせ、自分をアリィと呼ぶ唯一の存在を抱きしめる。

ああ、やっと。この冷たい温もりに触れられる。

生者の温かみは感じないが、それ以上の愛情を感じる。この愛を貪れるのは私だけ。

私だけのクレアだ。クレアの匂い……に紛れて微かに香るのは。


「……血の匂いだ。」

「え?」

「向こうから。血の匂いがする」


鼻を擽るこの匂いは身体を昂らせる。甘美なくらいに身を突き刺すのだ。クレアを抱きしめたまま、その匂いの方へと歩いていく。クレアの尾が腰に絡みついてくるのとは裏腹に、私の垂れた尻尾は何一つ反応しない。


「アリィ?顔が怖いよ」

「気にするな、少し楽しみなだけだ」


見えてきたのは立派な舘と女。その前に広がる死体の海と、群がる蝿。蝿を振り払い、無防備に突っ立っている女へ向かって殴り掛か──れない。

いや、正確には避けられたとでも言うべきなのか。


「おや、とんだご挨拶ですねぇ?」


気怠げな声、人を馬鹿にするような目、貴族紛いの茶色をした肩出しドレス。


「……あなた達からは少し面白そうな気配がします。そうだ、取引しませんか?」

「は?」

「取引ですよ。私の屋敷の一室をお貸しします。その代わり……1つ、私のお願いを聞いてください」


ニヤけた顔の口がそう動いた。


「私たちになんのメリットがある?」

「そうですねぇ……1、衣食住が確保できる。2、私はこう見えて位の高い悪魔です。少しくらいは庇えます。3、地獄の劣悪な地面で眠らずに済む」

「アリィ、私この人に賛成。この地獄の地面、灰が被ってて熱いし、口の中に入ってきたら不味いし、そのくせすぐ飛ぶから。」

「じゃあ聞いてやる。お願いはなんだ」

「フフフ、そう焦らなくても。簡単ですよ、今から言う悪魔を殺してしてください。たったそれだけの事です。」


そいつの目が細くなり、口が更に緩む。こいつのことを知らなさすぎてどことなく気味が悪い。

そいつが指を鳴らすと、何処からか飛んできた蝿が1枚の写真を持ってきた。不機嫌な顔をした悪魔が1人、そこに映っている。その顔に見覚えがあるが、思い出せない。


「そこに写ってる悪魔を殺してきて欲しいんですよ。こう、なんでもいいので。実は昨日その悪魔に顔を殴られましてね。報復というやつです」

「その割には怪我の跡がないが?」

「隠してるんですよ。人の前で醜い姿は晒せませんし?名前は確かリイル。どうかよろしくお願いします、アリィさん」


クレアがじっとそいつを睨む。


「あら、怖い顔。まるで自分のモノを取られた子供みたいな。」

「アリィって呼んでいいのは私だけ。」

「……存外子供でしたね。ではどう呼べば?」

「アリアでいい」

「それではアリアさん、改めてよろしくお願いします。」

「了解した。」

「ここから向こうへ行ったところにその人のアジトがあります」


指差した方向には確かに建物が見える。


「アレだな」

「ええ、アレです」


その建物と写真の人物を見て、不思議と笑みが零れたまま、足を進めた。

地獄に来てからの初めての共同作業がコレ殺しとは、つくづく面白い。

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殺人鬼のレズによる地獄のお掃除 ジデンタツバ @ryuga_0730

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