第9話 衝突
慎太郎はそのまま驚いた表情を見せ、ふと笑った。
「今日は予定通り?」
志穂が問いかける。
慎太郎は少し考えた後、笑いながら「そう」と答えた。
最初から上書きしようとは考えていなく、今日はただ久しぶりに恵に会いに来ただけだという。
「ヴァイオリンすら見たくないと思ってた。
でもあいつは演奏したよ。まだ完全に拒絶してない。」
慎太郎は、うれしそうな顔を浮かべながら答えた。
そう___
恵はヴァイオリンそのものを嫌いになったわけじゃなかった。
ただ、父親がすべてだったあの頃。
恵にとってのヴァイオリンは自分の為ではなく、”父の為”だったのではないだろうか…
そして、最初はヴァイオリンが好きで始められたこと、を忘れてしまってるのではないのかと慎太郎は思っていた。
________
そのころ恵は学校を離れ、一人。公園の木陰に座り込んでいた。
「クッソ…。いやなこと思い出したわ。」
三年ぶりに触ったヴァイオリン。
もう忘れていると思っていた。
弾く気もなかったし、アイツがチラつくから見たくもないくらいだった。
でも、体は覚えているものだと感じた。
つい昨日まで練習をしていたかのような、昨日までヴァイオリンを奏でていたような、
あたり前感
ヴァイオリンを持った瞬間、まるで時間が戻ったかのような感覚だった。
楽しかったあの時の記憶___
でも辛かった今までの記憶___
これらが一気に脳内に流れたんだ。
気が付いたら音が出ていた。
俺自身、なんの曲を奏でたのか、
どのくらい弾いていたのか、
なんで弾けたのか
これらのことが曖昧でよく思い出せない。
でも、ヴァイオリンで思い出した
この”昔”の記憶が鮮明になればなるほど、体の中の痛みは大きくなる一方だった。
「消えてくれ、消えてくれ、消えてくれ…」
何も考えていない。考えるよりも先に心からの叫びが、知らぬ間に口から出ていた。
_____
「探したぞ、恵」
そこには慎太郎が立っていた___
「何しに来たんだよ」
怒りとも、悲しみともつかない顔で、慎太郎を睨みつけた。
「へたくそになったな、籠の中にこもった不自由極まりない鳥みたい」
刺すような言葉を慎太郎は、容赦なく言い放った。
「当たり前だろ、そもそも俺にとって”過去”のことなんだよ。」
「笑えるな!笑
その、”過去”に囚われて、何も進めていないお前が面白すぎる」
「あ?
何、知ったかのようにしゃべってんだお前。
何も知らないくせに、知ったような口きくんじゃねーよ。
何がしたいんだお前は…!
何が言いたい。」
「ヴァイオリンをやれ。」
粗々しく応える恵に対して、重くそして冷たく冷静に答えた。
「”お前”のヴァイオリンをやれ。」
何言ってんだコイツ…
そんなような表情で慎太郎を睨む恵に
慎太郎は見下ろしながら冷たく、答え続ける。
「お前の気持ちなんてわかるわけがない。
俺はお前じゃないからな。」
「でも、可哀そうな君に一ついいこと教えてあげるよ
お前がどれだけ頑張って記憶を消そうとしても
”過去は消えない”」
真剣な表情と、あざ笑うかのような表情で言い切った。
「知ってるよ、そんなこと。」
恵が荒々しく答える
恵もわかったはいたのだ。
関わる全ての物を捨てたとしても、きっかけになる記憶の枝はそこら中に転がっていること。
完全に忘れることなんてできないこと。
自分が意識的に忘れていると思い込んでいること。
「どうしろって言うんだよ…」
「考えて、行動して、変えようとしても”変わらない”ものが過去なんだとしたら。
俺だったら前を見る。」
「つらい過去?上等。
俺らが、生きているのは過去でも未来でもないんだよ。
なら、”今を””楽しく”生きようぜ。」
恵は少し開いた口をそのままにして数秒固まっていた。
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