林間学校

第7話 学校行事ほどめんどい事は無い

「待たせたな」

 そうして、俺は彼女をリビングに放置して学校の支度を済ませていた。

「大丈夫だよー」

「んじゃ行くか」

 いつも通りアタッシュケースを手に持ち、玄関へと向かう。

「……って、何してんの?」

 その途中で、彼女が付いてきていないことに気がついたので、出鼻をくじかれたような気持ちで立ち止まる。

「この写真ってさ。君?」

 彼女は興味津々といった顔でひとつの写真立てを指さしていた。それは、入学式の日に俺が眺めていたものだ。

「そうだけど」

「じゃあこの隣の人は?」

「母親。そんなことより行くぞ」

 気がつけばいつもの家を出る時間。もう少し遅くに出ても俺は全力ダッシュすれば間に合うのだが、彼女がどうかは分からない。であるならばなる早で行動するに越したことはないだろう。

「てことは、あれが摩天さん?」

 外に出て鍵を閉めたことを確認して、二人揃って歩き始める。これでも俺は紳士なので、彼女に歩幅を合わせるように意識する。

「そうだな」

「美人さんだったね。会ってみたい」

 その言葉に反応しそうになってしまったが、彼女の興味を惹いてしまうだけなので持ち前のポーカーフェイスで誤魔化す。

「そのうちな」

「今は一緒じゃないんだね?」

「色々あンだよ」

 そう、本当に色々あるのだ。だから深掘りしないでほしい。切実にそう願う。

「そっか。それよりさっ!」

 一瞬、どこか哀しそうな顔をした彼女は、次の瞬間にはいつもの笑顔で別の話題へと切り替えていた。

 急に訊いてきたり、かと思えば突然話題を逸らしたり、意味が分からない奴である。

「そろそろ林間学校だね」

「……なんだそれ」

 林間学校、今どきそんなものがあるのか?

「あー、君寝てたもんね。聞いてないか」

 呆れたような顔をされてしまったが、仕方がないだろう。何年も夜の人間を続けたのだ。一ヶ月ごときで完全な昼夜逆転が出来ると思わないでほしい。

「来週くらいに少し遠くの山に行くらしいよ。なんでも、『新たな仲間たちとの親交を深めよう!!』ってことらしい」

「そんなことすんのか」

「何時間も山の中歩かされるらしいよ。おかげで毎年ブーイングの嵐だって」

 なんだその受験明けの一般高校生へ向けた拷問。大批判なら廃止にすればいいのに。

「良い訓練になりそうだな」

「何を言ってるの君は」

「気にすんな。独り言だ」

 山の中を移動する、というのは想像の三倍はしんどいことである。そう、起伏があり不安定な道を歩く、という動きはとても辛いのだ。現に、軍の人間達も時たま山に籠って訓練をしているからな。そういうことなのだ。

「まいいや。それと、行き帰りのバス隣だから。よろしくね」

「は?」

 少し遠くの山と言っていたことから車両での移動ということは予測がついていたのだが、その座席は既に決まっているというのか? しかも、隣がこの女だと?

「男女両方とも奇数だったからね。仕方なくこうなったの。私は問題ないし」

 俺にとっては大問題である。

「いつそんなの決めたんだよそれ」

「少し前に決めたよ。……ていうか、好きな場所選んで方式だったし、君が書いてないのが悪いんだからね」

 俺そんなこと聞いてないんだが、色彩すら話題に上げてこなかったんだが。もしかして俺、イジメでも受けてるのか?

「楽しみだね。林間学校」

「俺休むわ」

「だめだよ!?」

 面倒ったらありゃしない。そんなことやってられるか。俺はサボるぞ。

「宿には温泉があるらしいよ。楽しみでしょ。絶対行きたいでしょ」

「いや全然大丈夫です」

 てか林間学校なのに温泉ってなんなんだよ。自分達で掘り当てとけ。

「行こうよ!! ねーえぇー!!」

 腕を掴まれて左右に揺らされる。まるで駄々をこねる子供のようだ。切実に辞めて欲しいものである。

「行かねえって!!」

 無理やり引き離そうとするが、美月は必死に抵抗してくる。どうしてコイツは俺をそこまで連れていきたいのだろうか。

「なんで行きたくないの!?」

「めんどいからだよ」

「絶対楽しいよ!! 思い出だよ!?」

「興味無いですぅ。俺は家で寝るの」

 そんなものに行くくらいだったら家で寝ていた方が有意義である。というか寝かせて欲しい。俺にとってゆっくり寝られる時間は貴重なんだ。

「ダメだよそんなの!!」

「嫌だ!! 俺はッ──」

 絶対に行かないからな。そう言おうとした刹那、一瞬だけ嫌な想像が頭を過ぎった。

『行かないと、分かってるよね?』

 ニコニコと満面の笑みでそう言う白髪の女性の姿。何故だろうか、笑顔なのに笑っていない。とても恐ろしい顔だった。

 ……もし母さんが居たら、無理やり行かされたんだろうな。拒否したら何が起こるか想像したくもない。

「鳩くん?」

「……はぁ、分かったよ」

 彼女のその困惑の声で現実へと引き戻された俺は、とても長くて大きな溜息と共にその言葉を発していた。

「行ってくれる!?」

「しゃーなしな」

 つい、後頭部をワシャワシャと雑に掻いてしまう。

『学校で出来た友達と学校行事を楽しむ姿が見たかったな』

という言葉を思い出す。これは、母親の言葉であり、願いだった。

 もしかしたら見られているかもしれないからな。仕方ないが、学校行事とやらに取り組む姿を見せつけるとしようか。

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