第4話 帰路の違和感

「……なんでお前が居ンだよ」

 その日の帰り、俺は呆れたような顔をしながら隣を歩くソイツにそんなことを言った。

「だって、方向同じだし」

「一緒に帰る必要ねえだろ」

「いいじゃん。帰り道が同じ知人が居たら一緒に帰るのが普通でしょ?」

 その金髪の女はさも当然かのように俺の隣を歩いているのだが、俺はそれが当たり前だとは思わない。たとえ知り合いだとしても、俺とコイツの関係値であれば共に帰ることなどしない。

「ねね、他に部員見つかった?」

「見つかるわけねえだろ。アホか」

 俺達のような新入生がそう簡単に部活を作れるわけないだろう。

 俺たちの高校は結構自由度が高い。それは部活動においても当てはまる。

 我が校では在り来りな部活に加え、条件さえ満たせば新しい部活……というか同好会を作ることが出来る。

 その条件とは、言い出しっぺを含む部員となる生徒五人、それと部活の顧問を請け負っていない暇な教師を一人揃えるだけだ。

「あいにく俺は中学以前の知り合いがこの学校に居るわけじゃないし、交友関係が広い訳でもない。てかそもそもとして一ヶ月でそれほど仲良くなれるわけがないだろう。そんな中で部員を集めるとか無理な話だ」

 そう、そうなのだ。大体の人がどこかの部に所属してしまった今、どこにも繋がりがない俺達が帰宅部で新設する部活に所属してくれる人を探すなんて、針の穴に糸を通すよりも難しいことなのである。

「でも君、天海くんと仲良いじゃん」

「あれはたまたま気が合っただけ。アイツ以外に友人なんて居ねえぞ」

 色彩は例外である。彼と仲良くなれたのは本当に謎なのである。

「そういうお前こそ、どっかで良い奴見つからんかったのか?」

 常にフラフラとどこかに消え去っていた彼女のことだし、部員の一人や二人捕まえていたものだと思っていたのだが。

「あははー、残念ながら良い子は居なかったね。私も知り合い多いわけじゃないし」

 おや、これは意外な話である。個人的に、彼女は結構顔が広いタイプだと推測していたのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。

「お前ンことだし、友達百人でも居ると思っていたんだが、違ったのか」

「私のこと小学生とでも思ってる?」

 なんて会話を繰り広げながら、俺たちは何個かの交差点を通り抜ける。その度に一瞬だけ「別れることが出来るか」という希望が浮かび上がってくるのだが、彼女の様子からその希望は儚く散ってしまうということを察してしまう。

「……ん?」

 そこで、俺はある違和感を覚えた。

「どしたの?」

「うんや、なんでもねえよ」

 俺としたことが僅かであるがその違和感の方向を見てしまった。それを疑問に思ったのか、美月が小首を傾げたので、首を横に振ることで「気にするな」と伝える。

 まったく、懲りない連中である。そう心の中で溜息を吐きつつ歩き続けていると、愛しの我が家が見えてきた。

「じゃ私、家そこだから」

 ようやくコイツと離れられる、そう思っていると、彼女がその家を指さした。

「……はぁ」

 その動作を見て、つい無意識のうちに溜息を吐いてしまった。

 彼女が指さした家、それは俺の家の真隣の家であった。悲しいかな、どうやら世界は俺に甘くないらしい。

「そういえば鳩くんの家ってどこなの?」

「今向けている手を左に三十度ズラしな」

 不思議そうな顔で手を動かした彼女は、それでも俺の言葉の意図が伝わらなかったらしく小首を傾げている。ならば仕方ない。ハッキリと告げてあげよう。

「それが俺の家だ」

 彼女は少しの間キョトンとしていたが、俺の言葉を理解したのか、変な声を上げながら凄い勢いで首を俺に向けた。

「そんなことある!?」

「俺の言葉じゃアホ」

 そう、本当に俺の言葉である。どうしてこうも面倒なことになるのか。世界さんは俺のことが嫌いなのかもしれない。

「えでも、表札には『摩天』って……」

「そうだな」

「でも君は鳩くんでしょ?」

「そりゃ知らねえけど」

 俺は鳩鏡ではあるが鳩くんでは無い。それはこの女が勝手に呼んでいるだけだ。

「『摩天』は育ての親の名字なの」

 そう、表札と俺の名字が違う理由はとても簡単で、あの家の家主であり俺の親にあたる人間と俺は血が繋がっていないのだ。俺は所謂拾われた子ってやつだな。

「なんかフクザツ?」

「そゆこと」

 いやそういうわけではないが、深掘りするものでもないしそういうことにしておいた方が良いだろう。

「ふーん。そんじゃ、訊くのやめよ」

「ぜひそうしてくれ。訊いてきた瞬間に俺はお前に手を上げる」

「うわ、女の子にそんなことするんだ」

 いやしませんけどね。てかそもそも暴行罪になりますから絶対やりませんけどね。高校生って罪に問われるんですよ。

「まいいや。それじゃ、また明日ね」

「おう。二度と来るな」

「ばいばーい」

 俺の言葉が届いていないのか、彼女はニコニコと笑いながら神崎家へと入っていった。

 全く、もう少し人の話というものを聞いて欲しいものである。

「さてさて、どうしたものか」

 その姿を見届けた俺は、後頭部を掻きながら踵を返して来た道を辿るのであった。

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