第8話: これじゃダメかも

 私は夜の街を、パソコンを抱えて走っていきました。街は珍しく人が少なかったです。風俗店のキャッチをしている人は、捕まえる人がいなくて暇そうにしていました。飲み屋に入っている人も、普段よりは少なめでした。


 「仁井さん、藍水沢さん...どこに居るんですか」


 私はパソコンの画面を見続けました。パソコンには仁井さん以外の思考も書き込まれていていました。「今日の仕事疲れたわー」「今日はお客さん少ないな」「おい、肩ぶつかったぞ」


 私はその文字の中から、仁井さんの思考と思しきものを探しました。さっき藍水沢という文字が出てきましたから、間違いなく仁井さんと藍水沢さんは一緒に居ます。あの男たちは藍水沢さんの口にハンカチを押し当てて眠らせていました。ですから、もしかしたらあの男たちの目的は誘拐だったかもしれません。だとすると...。


 「同じ部屋に監禁されている?」


 そう考えるのが妥当なように思えました。犯人は当初、藍水沢さんだけを誘拐するつもりで、藍水沢さんを襲った。そこに仁井さんも乱入してきたが、取り押さえ、一緒に誘拐した。他にも色々と考慮の余地はあると思いますが、私はこの推測を元に二人を探ることにしました。


 となると、とにかく知りたいのは二人がどんな場所に閉じ込められているのか、ということです。部屋の特徴が分かれば、場所を割り出せるかもしれません。仁井さんが部屋の様子を見ているなら、このパソコンに部屋の特徴が書かれるはずです。


 ただ問題は、このパソコンは仁井さん以外の人の思考も読み取ります。ですから、私はこのパソコンに書かれている文字の中から、仁井さんのものを探さなければいけません。キーワードになりそうなものは「密室」「藍水沢」「眠っていた」「誘拐された」これくらいでしょうか。とにかくこれらの単語が、パソコンに映し出されるまで、私は街を走り回りました。


 街に人が少ないせいもあってか、私は悪目立ちしました。だってスーツ姿のOLが、パソコンを片手に疾走しているんですから、周りの人からしたらよっぽど急ぎの仕事でもあるのかと不思議に思いますよね。


 周りの目は気になりましたが、それでも私は構わず走り続けました。しかし、多くの雑多な文字の中から、仁井さんのものを探すのは大変でした。もし仁井さんのものが映し出されていたとしても、それが本当に仁井さんのものであるかは確証がありませんから、私が推測で「この文字は仁井さんの考えていることだ」と断定するしかないのです。しかも仁井さんの居場所に近づいているどうか、大雑把な距離感は分かるかもしれませんが、方向に関してはさっぱり分かりません。私にできることは、事件の現場の近くを走り回って、キーワードの文字がよくでる場所を探すことと、二人が監禁されているであろう部屋の特徴がもし分かったら、その部屋を探す、ということでした。この作戦は要するに、殆どあてずっぽうで二人を探すというものなのです。うまくいくものでもありません。


 私はパソコンの画面とにらめっこしていましたが、なかなかキーワードになりそうな単語を見つけられませんでした。流石に走りつかれて足が辛くなってきました。私は足が止まってしまって、壁にもたれかかって、そのままぺたんと座り込んでしまいました。


 「これじゃダメかも...」


 室外機がうるさく音を立てていました。立ち飲み屋の赤い電球が風に揺れて、光が行ったり来たりしていました。私が半ば諦めていた時、気になる文字がパソコンに映し出されました。


 窓に打ち付けてあるベニヤ板さえなければ


 私はこの文字を見てはっとしました。部屋にベニヤ板を打ち付けているということは、それはきっと、部屋の内に居る人間を窓から出られないようにしているということです。そんなことをするケースがあるとすれば、人を監禁するときくらいでしょう。そしてきっとこの文字は仁井さんの考えていることだ。仁井さんが部屋の様子を見て思ったことが、このパソコンに映し出されたのです。いえ、そうでなくては困ります。


 私は立ち上がって、周囲にベニヤ板が打ち付けられている窓があるかを探しました。そんな窓があれば、きっと外から分かるはず。


 まずは大通りの店や家の窓を片っ端から見て回りました。大通りにそんな窓はありませんでした。次に路地を入った先の窓を見ていきました。とにかくしらみ潰しに見ていきました。そして、暗い細路地の奥の方まで入った時、


「怪しい窓がある...」


 すりガラスだったので、窓の先の様子はぼやけていて分かりずらかったですが、木のような茶色いものが一面にあるのが分かりました。しかも窓は少しひびが入っていました。もしかしたらベニヤ板を打ち付けた時に、衝撃が加わったせいなのかもしれません。


 私は窓をノックして、仁井さんの名前を呼ぼうしようとしましたが、一瞬迷いました。もしかしたら、私の見当が外れているかもしれない。もしそうだとしたら、他人の家の窓を叩いている変人になってしまいます。


 迷いましたが、そんなことで踏みとどまっていられません。私は窓をノックしました。


「仁井さん、仁井さん。ここにいるんですか?」


 すると窓の奥から声が聞こえてきました。


「その声は三枝さん!?助けに来てくれたんですか?」


 ビンゴでした。


「待っててください。今、窓を壊しますから」


 私は足元に転がっていた石を右手で持って、力いっぱい窓に打ち付けました。ガラスは大きな音とともに砕けて、破片が飛び散りました。音が大きかったもので、思わず目をつむりました。窓が割れると、茶色いベニヤ板が姿を見せたので、私はもう一度右手を振り上げて、今度はベニヤ板に石を打ち付けました。一度では僅かにひびが入っただけでしたが、何度も打ち付けているうちにひび割れは大きくなっていき、部屋の中の様子が見えるまでになりました。どうやらベニヤ板は複数枚重ねっているようです。私は右手が疲れたら、左手を使って石を打ち付けました。そしてひび割れは大きくなり、ついに人の手が入るくらいのひび割れが生まれました。


「三枝さん、あとは僕が手でこれを引きはがします」


 仁井さんの声がベニヤ板の向こうから聞こえると、私が作ったひび割れに手が入ってきました。すると、みしみしと音を立てながらゆっくりとベニヤ板が引き裂かれていきました。ベニヤ板がはがされて窓の半分ほどの大きさになったところで、錠前に触れるようになったのでしょう、仁井さんは窓にかかっていた錠を外しました。そして、仁井さんは割れたほうの窓を左にスライドさせ、自分たちが安全に出れるようにしました。


 その後、何か重いものを引きずるような音が部屋の中から聞こえてきました。窓の位置が高いので、踏み台になれるものを窓の傍につけようとしているのでしょう。音が止むと、藍水沢さんが窓から顔を出してきました。藍水沢さんは、目に涙を貯めていました。


「ありがとう三枝さん...私、怖くって...」


 今にもわっと大声で泣きだしそうな顔でした。パソコンショップで見ていた時の、明るくて快活な顔は、今はぐしゃぐしゃになっていました。


「もう大丈夫ですよ。下にガラスがあるから、気を付けて」


 藍水沢さんはぐずぐずと鼻をすすりながら、窓から身体を出し、そして飛び降りました。続いて仁井さんも窓から出てきて、飛び降りました。私が二人に声を掛けました。


「さあ、ここを離れましょう。犯人たちに見つかるかもしれませんから、急いで」


 私たちは駆け足でその場を去りました。そして私たちは、近くの交番を探してそこに駆け込みました。警察官に事情を説明すると、警察はすぐに私たちを保護してくれました。

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