【コットンキャンディーを知った】

 城を出たころには、すっかり蛍石の輝きが鈍くなっていた。

 薄暗くなっても未だ地底人が賑わう大通りを抜けて、五階建てのアパートに辿り着く。光沢感のある大理石調の真っ白な外壁がひときわ目を引いた。

 案内をしてくれたバクフウが、申し訳なさそうに頭を下げた。


「姫様の物言いに関しては俺から改めて注意しておくよ。本当に申し訳ない。でも姫様なりに歓迎はしているんだ。そうは見えないかもしれないけど、嘘じゃない」


 あんなに美味しいアフタヌーンティーセットを用意してくれたのだ。きっと、わたしたちを双眼鏡で発見してからすぐにオーダーしてくれたのだろう。サンドイッチからケーキまで、どれもあっという間に胃に収まった。

 ちょっと膨れてしまったお腹をさする。


「謝らないでください。気持ちは十分伝わりました。アフタヌーンティ―セットは美味しかったし、こんなに立派な住居まで用意してもらいましたし」


 わたしの言葉に凄まじい異を唱えたのはライメイとマドンナだった。


「君の考えは甘すぎると私は思うね。だって、そこそこだって言ったんだよ、あの姫様。ちなみに私は冴えない根暗だとね。はん、私は一生根に持つと誓ったね、根暗だけに」

「こればかりはライメイに同意だわね。歓迎されたとはいえ、この美しい筋肉の羅列を見て筋肉だるまとは理解に苦しむわ」


 静にくすぶっていた火が爆発したかのように彼女たちの口は止まらなかった。

 ぎゃんぎゃんと騒ぐ二人をスミが宥めにいくも、ヒートアップしていく。仕方ないなと諦めながら見ていると、バクフウがわたしに顔を寄せてきた。


「姫様はあの通り性格に難があって付き合い辛い部分もあるんだけどさ、これからもどうかよろしく頼むよ」

「ご挨拶も終えたし、これ以上関わる機会はそう無いと思いますけど」

「いや、その考えはライメイさんが言う通り甘いね。姫様、コマチさんの言葉にかなり喜んでたから。まあ、コマチさんはそのままでいてくれたらいいや、気楽に行こう」


 どういうことか聞きたかったが、バクフウはそろそろ時間だからと言葉を切り上げた。

 バクフウの目は、すでに二人の首根っこを掴んで戻ってきたスミに向いていた。


「アパートにはスミの名前で登録してある。フロントに言って鍵をもらってくれ。明日迎えに来るから、みんなよろしくな!」


 そう言って帰って行くバクフウをみんなで見送り、さっそくフロントへ向かう。ドアを開けてすぐ、真正面にあった。制服を着た二人の男女が恭しくお辞儀で迎えてくれた。

 鍵を受け取ったスミが口を開く。


「小町、部屋に荷物を置いてから大通りに行ってみるか」

「え、いいの」

「いいぞ。暗くなったらなったで、ここは楽しい場所だ」

「行きたい」


 わたしとスミが背負っていたリュックが、一瞬にして姿を消した。くすりと笑ったマドンナを見ると、その手に軽々とぶら下がっていた。


「遊んで来なさいな」


 マドンナの脇下からひょっこりと顔を出したライメイが手を振る。


「マドンナは筋トレの時間だし、私は読書の時間だからね。二人で楽しんでおいでよ」

「ああ、行ってくる」


 スミに手を引かれたわたしは、何とか二人に手を振り返してアパートを後にした。

 薄暗い大通りには、ちらほらとネオンライトの花が咲いている。店先や軒下、至る所にぶら下がっている提灯のせいだ。

 ふんわり可愛いパステルカラーのアンダーランドはがらりと雰囲気を変えていく。グラデーションのように蛍光色がこの地を支配していくのだ。

 頭上を見ると、蛍石は拗ねてしまったかのように次々と光を消していく。


「全然違うコロニーみたい」

「だろう。この時間からは露店が増えるんだ」


 子供たちの姿が無い代わりに、たくさんの大人が大通りを埋め尽くす。蛍石の光が消えたせいでネオンカラーがよりいっそう濃くなる中、はぐれないようにスミとつないだ手に力を込めた。


「ねえスミ、あっちにパチパチコットンキャンディーがあるって! 行ってみよう」

「小町はチャレンジャーだな」

「わたし知ってる。炭酸ガスを使ったお菓子でしょ」


 スミはやめておくようだったから、一つだけ購入することにした。ポケットから一枚のコインを出す。このお金は明日からの賃金分を前払いでもらったものだ。長旅で指揮をとってくれたスミにお礼がしたかったから、少し多めにもらっておいてよかった。

 屋台のおじさんから受け取ったのは、看板にぶら下がっているのと同じ、顔ほどの大きさがある水色の綿菓子。ピンクや黄色の小粒なキャンディが全体に塗されている。

 心配そうな顔をしたスミの横で、綿菓子にかぶりつく。その途端、口内に爆発が起こった。


「痛い、なにこれ痛いんだけど!」

「地底界では炭酸ガスじゃなくて、発酵骨付き芋虫のガスが使われている。もしかしたら地上の物よりも刺激が強いかもしれないな」


 放心するわたしの顔を覗き込んでくるスミが「口を開けろ。怪我をしているか確認する」と言うから大人しく従う。


「怪我はないみたいだ、よかった」


 そこで正気を取り戻したわたしは抗議した。


「知ってたなら言ってほしかった。一言で済むことじゃんか」

「ガスを使っているだけだから、虫を食べているわけじゃないと思って。嫌ならそれは俺が食おうか」


 スミを見てから綿菓子を見る。もう一度スミを見て、わたしは思い切り綿菓子に噛みついた。


「痛いけど、美味しいからあげない」

「それは残念だ」


 その言葉は少しも残念そうではなかった。スミの笑顔がネオンライトに照らされる。

 もう一度口に含むと、また爆発が起こった。地上にあるような、パチパチと可愛く跳ねるどろこでは無い。バチンバチンと音を立てて爆ぜるのだからたまったものではない。食べるけれど。

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