【スミは不安そうだけど、仕事先が決まった】

 こじんまりとした客間は、大広間と同じ配色のパステルカラーでまとめられている。

 コの字に配置された真っ白なソファにそれぞれが腰掛けたところで、タイミング良く洋菓子を乗せたフードワゴンが運び込まれてきた。

 ピンクのメイド服を来た女子たちが手際よく配膳していく。

 ハクジは楽しそうに足をばたつかせる。すぐにバクフウに注意されていたが微塵も気にせず、目はずっとケーキスタンドに釘付けである。その様子がまるで子供のようで、つい数分前までキリに向けられていた管理長としての堂々たる姿とは別人のようだ。

 全てが運び込まれ、手元のティーカップに紅茶が注がれると、ハクジが我慢ならないと言った様子で口を開いた。


「あたくしが今激推ししている、アンダーランドロイヤルアフタヌーンティーセットですわ。田舎者にも分かりやすく教えますと、下から上へ向かって食していくのがルールですのよ」


 卓上でひときわ存在感を放つ、巨大な三段ケーキスタンド。

 下段にはサンドイッチなどの軽食が、中段にはジャムとスコーンが、そして上段にはカラフルな色のケーキやマカロンが乗っている。

 ハクジに勧められるがままサンドイッチを口にする。中身はトマトやキュウリの野菜。口に馴染む素朴な味がおいしい。


「あなたのお口にも合うと良いのだけれど。いくらそこそこの顔とはいえ、アンダーランドは人間を歓迎するわ。その証にどうぞ心行くまで召し上がってくれて結構よ」


 言葉の節々に棘を感じる。けれど気にならないくらいに夢中になった。


「美味しいです。用意してくださってありがとうございます、ハクジ姫様」

「別に、気に入ってくれたなら何よりだわ」 


 旅の準備をした時に知った。わたしたちがいたコロニーでは、野菜が貴重だった。アンダーランドのように田畑が肥えていないからだ。わたしを歓迎する以外にも、そういう事情も汲んでくれたのだろう。スミたちも目を輝かせて食べている。


「それと気になったんですけど、わたしが人間だと一目見て分かったんですか? バクフウさんに聞いている素振りも無かったですし」

「簡単なことですわ。大門が開いたから城下を双眼鏡で見ていましたの。そしたらスミ様があなたにべったりくっついているのですもの」


 スミが鋭い声で「くっついてはいないだろ。隣にいるだけだ」と言い返すも、ハクジはどこ吹く風である。

 食事をつまみつつ紅茶を飲みながら、アンダーランドへ来た理由についても話した。その横でバクフウはケーキ一択だとマナーを一蹴して食べていた。

 ハクジの根本は管理長として律されているのだろう。風が吹くまで滞在して良いとの許可や、住居の貸し出しについてなど、次から次に提案してくれる。そして、その対応に見合う見返りを求めた。


「労働力になって頂きたいのですわ。スミ様とマドンナ様には、糖木の管理に伴う力仕事を。ライメイ様とコマチ様には、城下にあるドキドキマカロンメイド喫茶での接客を。お願いしますわね」


 不穏な言葉が聞こえた。わたしはライメイとアイコンタクトを取って、すぐにでも却下しようと身を乗り出したが、にっこりと鉄壁の笑顔を浮かべて圧を放つハクジに何も言えなかった。


「異論がないようで良かったわ。バクフウ、お家の手配をお任せするわね」

「御意」


 ではそろそろ解散となったところで、何かを思案していたスミがぽつりと言った。


「ところでドキドキマカロンメイド喫茶ではどんなことをするんだ?」


 ハクジがにんまりとチェシャ猫のように口角を釣り上げ、スミの耳元で囁いた。

 スミは分かりやすく機嫌を損ねて、ハクジを突き放した。


「いいか小町、変な奴がいたらすぐに逃げろ。あとあまり客席に近づくなよ。常に五メートルは離れておけ。別に接客だからって話さないといけないわけではないからな。うん、会計だけしっかりしていればいい」


 わたしは高校生になってから、遊び代を稼ぐために長期休みはバイトに明け暮れていた。それなりの接客経験があるからこそ言わせてもらうと、それは不可能である。


「わたし仕事はちゃんと真面目にするつもり。五メートルも間があったらお水一つ置けないから無理だけど、自衛はライメイさんと一緒にちゃんとするから心配しないで」

「心配にもなるだろ。ハクジがメイド服を着て客と一緒に楽しむ仕事だって言った。治安は良いコロニーだけど、絶対変な奴も来る。レストランでも絡まれことあるだろ」

「そうだけど平気。ハクジ姫様が決めた仕事でしょ、変なところなわけないよ」


 わたしがそう返すと、スミよりもハクジの方が意外そうな顔をしていた。目を瞬かせて、「もしかしてあなた馬鹿なのかしら」と言うから、そこはしっかりと否定しておいた。


「だってハクジ姫様は、わたしの顔が気に食わないのだとしても、コロニーの管理長として接してくれるから、安心できます」

「当たり前でしょ。あたくしはハクジ姫なのですから」 


 ハクジはつんと澄ましたいつもの顔で部屋を出て行く。ドアが閉まる直前に、ハクジの声が届いた。


「ご安心くださいまし。ドキドキマカロンメイド喫茶は、コロニー内で大盛況の人気喫茶。警備はもちろん厳重ですの。変な奴、が来ることはありませんでしてよ」


 ほらね、とわたしはスミに向かって笑って見せた。

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