【R18】狂愛戦線
俺夢ZUN
第1楽章 Ixia
1.神秘の弐番隊副隊長
柔らかな光がカーテンの隙間から部屋に差し込み、天蓋付きの大きなベッドを照らす。
部屋の主はベッドの中でまだ夢の中であり、陽の光に照らされて黒髪が赤く透け、白い頬を仄かなピンク色に染めている。
部屋にはもう1人の人物がいた。
淡い紫がかった長い銀髪を後ろに一つで纏めた瑠璃色の瞳の男。
彼は部屋の主が眠るベッドの傍に座り、その人物の頬をさらりと撫でる。
頬はよく手入れされており、滑らかさを彼の指先に伝えた。
「
「ん……、
暁斗君、と呼ばれた“少女”は、自分を起こした人物――
寝起き特有の少し掠れた声でさえ、癒月は愛しさを感じる。
まだ眠気が抜けきらない
「今日も君は可愛いですね。
君を独占できるこの時間が、とても幸せです」
暁斗の額に額をくっつけて癒月は暁斗の頬を撫でる。
彼の優しく触れる指がくすぐったくて、暁斗の唇から思わず小さく声が漏れた。
「僕も……、癒月さんが甘やかしてくれるの、好きですよ……」
寝起き特有の気の抜けたような顔に蕩けるような微笑みを浮かべて、癒月の手に自身の手をそっと重ねる。
春の陽光の様に穏やかな朝だった。
ベッドから起きた暁斗は身支度をする。
洗顔を終え、綺麗に整えられた白いシャツに袖を通してシャツのボタンを閉めれば、暁斗の大きくもないが小さすぎでもない胸部が平らになった。
――異能。
暁斗は普段は男として過ごしている。
暁斗のシャツには、暁斗の闇属性の異能である《姿映し》の術式が組み込まれており、暁斗の外見――正確には、胸部のみ――を平らにするようにセットされている。
《姿映し》は、闇属性の異能の中でも高度な部類に入る異能の術式である。
第三者から見た外見を意のままに操れるその異能は、暁斗が“男として生きる”為に修得したものであり、その異能を操れると言うだけで暁斗の力の大きさが窺える。
それもこれも、全ては自身の目的の為であった。
「暁斗君、こっちにおいで」
暁斗がシャツを着こんだタイミングで癒月が声を掛ける。
暁斗はその柔らかな声に微笑んで頷いた。
癒月に促されるままドレッサーの前に座れば、彼が暁斗の髪を撫でるように優しく梳かしていく。
「そうだ、暁斗君。
この前、新しい整髪料を見つけまして。
暁斗君の好きそうな香りの物があったので買ってみたのですが、良かったら使ってみませんか?」
暁斗の目の前で赤い瓶を揺らしながら、彼――便宜上、暁斗の事は“彼”と呼ぶ――に問う。
スプレータイプの瓶の中には、液体がゆらゆらと揺れていた。
「癒月さんが選んだものなら……。
貴方に任せます」
暁斗は身を任せるように目を閉じた。
シュッとスプレーを吹きかける微かな音の後に、髪の濡れた冷たい感触を感じる。
部屋には爽やかな香りが広がり、暁斗の鼻腔を擽った。
癒月に髪を整えられながら、暁斗は本日の予定を頭の中で整理する。
(今日は訓練と……四隊会議があるか。
会議は昼からだから、午前中は全部訓練に回せるな)
鏡の中の癒月へと視線を巡らせれば、癒月は幸せそうな表情で暁斗の髪を弄っている。
これで上官であるから、人とは分からないものである。
「さて、今日も可愛くできましたよ」
カチッ、と髪留めを暁斗の三つ編みにした横髪の先に留める。
深紅の髪留めが朝日に照らされてキラリと輝いていた。
「
癒月の瑠璃色の瞳に剣呑な執着の色が宿る。
彼と“特別な関係”になる少し前から彼が見せていた色。
その瞳はもう、今となっては見慣れてしまったものだ。
暁斗は癒月に向き直り、その手を自身の頬へ当てた。
「僕は貴方だけですよ。
精霊に嫉妬なんて、おかしな人ですね」
「その左目に走る所有印だって、憎らしいです」
「これは……」
暁斗は鏡へと視線を向ける。
鏡の中の自分は、「火」という文字を崩したような特徴的な赤い刺青が左目を走っていた。
火精霊、火産霊の所有の証。
火産霊の憑依を赦した時から暁斗の体は火産霊のモノとなっているのだ。
「……隠した方がいいでしょうか?」
困ったような表情で刺青に触れる暁斗。
力を手にするため自ら望んで火産霊の憑依を赦したとはいえ、彼的にはあまりいい気分はしないだろうか。
でも、自分が化粧?それも考えられないのである。
そもそも、生まれてこの方、化粧というモノをした事はない。
少しだけ悩むように黙り込んでしまった暁斗に、癒月はふ、と微笑んで彼の髪を撫でた。
「その刺青も暁斗君の魅力ですよ。
暁斗君が僕を愛してくれているのであれば、それでいいんです」
背中からギュッと抱きしめられ、癒月の清潔感を感じる香水の匂いが暁斗の鼻腔を掠める。
癒月の優しい抱擁から暁斗の一日は始まるのだ。
―― ――
―― ――
まだ肌寒さが尾を引きながらも、麗らかな春の香りが舞う。
そんな穏やかさとは無縁の場所があった。
「荒北准尉!
何をぼーっとしているのです、それではただの的だ!」
「っ、はい!」
「宮川准尉と少尉!
もっと周りを見て、右側サポート!」
ここ、特殊機動四隊訓練場では、暁斗が新兵の訓練を引き受けていた。
穏やかな春の風に赤く透ける黒髪の三つ編みが揺れ、その先に装着されている深紅の髪留めが陽の光を浴びて煌めく。
晴天の下に暁斗の厳しい声が響いていた。
「我が弐番隊は、その特性上戦闘になることこそそうそうないモノの、非常時には何処の部隊よりも先陣を切って戦場を駆けねばならない。
それ故、隊長の
我が隊の座右の銘は“日和っている奴は死ね!”だ!
よくよく心に刻むように!」
神秘的な光を湛えた赤褐色の瞳が鋭く新兵を見つめる。
その厳しい瞳に「はい!」と返す新兵たちの翳りなき眼に、暁斗は満足げに頷いた。
ここで日和って腰を抜かす奴は四隊にはいらない。
ここでは、実力がものを言う――いわば、実力至上主義なのだ。
「特殊機動四隊は実力が全て。
四隊を取りまとめる壱番隊、隠密機動隊である弐番隊、後方支援・医療隊である参番隊、救援隊である肆番隊、いずれの部隊も実力が全てだ!
昨日付で四隊に所属した諸君らには、それぞれの隊で自分の実力を磨き、それを大いに発揮することを期待する!」
大和帝国軍特殊機動四隊。
皇室直属特務隊「
非常時には最前線・または最終防衛線を死守することが使命となっており、その特性上、異能を扱う者で構成されている。
隊は四つに分類され、四隊全体を取り纏める壱番隊、隠密機動部隊である弐番隊、後方支援・医療隊である参番隊、救援部隊である肆番隊がある。
暁斗はその中でも特に好戦的な者が集まる――とはいえ、四隊は全体的に薄っすら好戦的――弐番隊に属しており、今年19歳という年齢で副隊長を任されている実力者。
階級も大尉である。
「なぁ、あの将校、美堂大尉って言ったっけ?」
「あぁ……」
「あれで男ってマジ?
何処からどう見ても女――うおっ!?」
こそこそと話していた新兵の顔面ギリギリを、一筋の炎が横切る。
その後ろで、何かが焼け焦げるような臭いがした。
恐る恐る新兵二人が後ろを振り返れば、そこにあった筈の訓練用のダミー人形が一瞬の内に燃えて灰になっている。
ギギギ……と油の切れた人形のように前方へ顔を向ければ、そこには冷徹な表情で新兵二人を見る暁斗の姿があった。
「次は貴方たちがそうなるが、宜しいか」
「ヒィィッ!!」
不吉に揺らめく燈火の様な瞳が静かな怒りを湛えて新兵二人を見ている。
二人は身を寄せ合って情けない声を上げてしまった。
訓練用のダミー人形は耐火性の素材でできており、中々燃えにくい筈である。
それを一瞬で灰にしてしまった圧倒的な暁斗の実力……それに恐れ慄かない筈はなかった。
「あーあ、あの二人、終わったな」
「だな。
この隊のジンクスを知らなかったとは……、ご愁傷様だぜ」
「ジンクス?」
先のやり取りを見ていた別の新兵がこそこそと隣の隊員と話す。
その話に、もう1人の隊員が入って来た。
「いや、風の噂で聞いたんだよ。
美堂大尉の性別を揶揄った奴は、戦場で非業の死を遂げる――ってな」
「ひぇ~、怖……」
「美堂大尉って、あれで男の人なんだよね?」
隊員たちは、暁斗の容姿に釘付けだった。
陽の光を浴びて赤く透ける黒髪、赤みがかった白い肌。
全体的に華奢で男にしては小柄な体躯だが、女にしてはすらりと高い背。
指先も綺麗に整えられており、きめ細かい肌はよく手入れをされているようだ。
誰もが見惚れる美貌。
左目を走る不思議な刺青すら、その美貌を損なわない。
秘密主義の側面があり、ミステリアスな雰囲気を纏った人物――、それが“美堂暁斗”と言う”男”だった。
「私、美堂大尉に憧れて弐番隊を志望したんだけど、美堂大尉とお近づきになれるかな?」
「分かる~、あの冷たい目も素敵よね~」
「でも私、この前基地内で迷子になったんだけど、美堂大尉が優しく道を教えてくれて……」
「訓練の時の美堂大尉は厳しいけど、訓練の時以外の美堂大尉は紳士だよね~」
女性隊員たちが暁斗の話題でヒソヒソと話しながらも盛り上がる。
「暁斗君って、訓練の時と怒っている時は怖いけど、普段は穏やかで優しい人だから、分からないことがあったら迷わず何でも訊くといいよ」
ヒソヒソと女子隊員たちが話しているところに、1人の女性隊員が割って入ってくる。
午前の柔らかな陽に照らされて輝く金髪が眩しい碧眼の女性。
髪は背中の辺りまで伸びており、優しい雰囲気に癒されるような綺麗な人だった。
「いっ、
女子隊員たちは慌てて敬礼をする。
彼女は、
特殊機動四隊参番隊隊員である。
「そうそう、こう見えて暁斗は優しいんだから!」
「早乙女少尉!」
ひょこっと“依織中尉”と呼ばれた女性の後ろから明るい茶髪の女性が顔を出す。
ニコニコとした表情が愛らしい女性は、早乙女鈴蘭。
彼女は、積極的に新入隊員に話を掛けている。
「
「ふふっ、癒月少佐から暁斗君に差し入れだって。
定期的に様子を見ていてほしいって頼まれちゃって」
「も~、医務室から動こうとする癒月少佐を止めるの、大変だったんだから!
“僕が様子を見ないと、暁斗君が無理をしてしまう”……って。
暁斗君、癒月少佐をあまり心配させちゃダメだよ!」
彼女たちは参番隊隊員であり、癒月の部下である為、癒月の暴走を止めるのも彼女たちの仕事の内だった。
暁斗のことになると癒月は周りが見えなくなる、というのは四隊で周知の事実。
今朝はあまりにも食欲がなかったから、癒月から差し出されたスープだけを飲んで出てきたのだが……差し入れを見るに、彼はそれだけでは不服だったようだ。
鈴蘭が「めっ!」というように人差し指を立てて暁斗の顔を覗き込むから、暁斗は困った様に微笑む。
「あぁ……、癒月少佐が……すみません」
「いいの、私たちはまだ、そこまで忙しくないから!
それよりも……」
「暁斗!」
雪那の言葉を遮るように、大きな男性の声が聞こえた。
そちらへ視線を向ければ、1人の男性が鋭い翡翠の瞳を暁斗へ向けて、こちらへ歩いてきている。
「
暁斗はその姿を認めると、背筋を伸ばして敬礼する。
赤褐色の瞳は彼の翡翠の瞳をしっかりと見つめていた。
彼は、
赤みがかった茶髪を後ろに撫でつけており、鋭い翡翠の瞳を持つ男。
この特殊機動四隊弐番隊隊長である。
そう、つまり、暁斗の上官だ。
彼は暁斗の瞳が自身を捉えているのを確認すると、鋭い視線を柔和な物へと変え、満足げに彼を見ている。
その瞳には、愛情と執着の色が見えていた。
「今年も入隊者が多いようだな」
「ええ。
今年は例年よりも少し多いです。
また、癒月少佐に迷惑をかけてしまいますね……」
訓練中の新人隊員の方へ視線だけを向けて問いかける英暁に、暁斗は目を伏せながら応える。
暁斗が入隊して2年目。毎年の風物詩とはいえ、流石の暁斗も罪悪感はあった。
暁斗の能力により、新人隊員の心に問題が生じるのだ。
それを毎年、癒月がカウンセリングで対応してくれているため、暁斗は癒月に頭が上がらない。
「それが彼奴の仕事だ。
それより、俺といる時に他の男の名前を出すなよ……」
「ふふっ、なんですか、それ」
英暁の声には、僅かな嫉妬が滲んでいた。
それをものともしないで控えめに笑う暁斗。
その様子は、恋人宛らである。
「あ……、それで、何かご用命でしょうか?」
「いや、そういう訳じゃなくてだな。
ほら、昨日トラブルで着任が遅れた奴がいたろ」
「はい、霧島大尉ですよね?」
「今しがたこっちに着いたっつーから、挨拶させようと思ってな。
お前、姿を見た瞬間驚くなよ?」
そう言った英暁の少し後ろに、赤い髪をショートにした青年がいた。
琥珀色の瞳がじっとこちらを見ている。
彼は英暁が視線を彼の方へ向けると、暁斗へ敬礼する。
「本日より、特殊機動四隊弐番隊に所属することになった霧島烈火大尉だ!
よろしくな、美堂大尉!」
「烈火……?」
その顔には見覚えがあった。
人懐っこそうな琥珀色の目に、情熱的な色の髪。
暁斗は、その人物を見た瞬間、懐かしさに頬が綻んだ。
「って、暁斗か!?
なんだよお前、お前が副隊長とか聞いてねぇよ!
何で俺に一言も教えてくれないんだよ!」
霧島烈火と名乗った青年は暁斗の姿を捉え、目の前の将校が暁斗だと分かると、感激のあまり暁斗を抱き上げて、驚いたような口調で言った。
その瞳には、驚きと暁斗に会えた嬉しさが混在している。
烈火の突然の行動に驚きつつも、暁斗は呆れたような言葉を零す。
「そんな……、先に音信不通になったのは貴方の方ではありませんか……。
ミサキさんが心配していたんですからね」
「ははっ、お袋は元気か?」
「ええ、先日、良い方の元へ嫁いでいかれましたよ。
今度こそ、幸せになってほしいモノです」
暁斗の赤褐色の瞳には、温かな色が滲んでいた。
烈火と暁斗は、烈火の母が暁斗の実家で女中をしていたという幼馴染。
暁斗と烈火は美堂家で一緒に育った兄弟も同然の存在なのだ。
暁斗が13歳の時、烈火は初めて所属する部隊が遠方の基地だった為、美堂家を出て行った。
それから音信不通になってしまったというのに。
まさかの再会に暁斗は懐かしさで胸がいっぱいになった。
「何だ暁斗、烈火に何も言ってなかったのか?」
烈火と暁斗の再会の間に入って、英暁が暁斗を烈火から奪い上げるように抱き上げる。
その瞳は穏やかだが、嫉妬の色が混じっていた。
暁斗はそれに気付かないように頷く。
「ええ。
そもそも、北方部隊の基地に行くと言って音信不通になったのは烈火の方ですしね。
連絡先も寄越さないままいなくなったかと思えばひょっこり出てきて……、遺失物か何かですか」
「悪かったって。
毎日が忙し楽しすぎて、連絡すんの忘れてたんだよ!」
「お前って、そういうとこあるよな」
からからと笑う烈火の言葉に、英暁が呆れながら暁斗を地面に下ろす。
英暁は暁斗の従兄でもある為、美堂家で一緒に住んでいた烈火とも面識があった。
美堂家にいた頃は暁斗も烈火も年が近いからなのか、お互いにべったりで何をするにも一緒にいた記憶がある。
今思い返してしまうとそんな記憶も不快な物なので、英暁はすぐにその記憶を霧散させた。
「おい、今、美堂大尉……抱き上げられてなかったか!?」
「癒月少佐からの差し入れに、小鳥遊大佐の美堂大尉に対するあの態度……そして、親密そうな新しい将校……」
「え、どういう関係?」
「まさかの泥沼の三角……いや、四角関係!?」
「男同士で!?」
暁斗たちの会話を聞いていた隊員たちがひそひそと話し始める。
彼らは暁斗たちの関係が気になって訓練に身が入っていないようだった。
それを察した暁斗が再びダミー人形へと火を放つ。
炎が巻き上がり、今度は狙いを定めた1体のダミー人形以外の人形も燃やしてしまった。
「訓練に集中できない人間は、これから死ぬまで異能訓練を続けますか?」
「すっ、すみません……!!」
暁斗の絶対零度の瞳に隊員たちは慌てて訓練を再開する。
午前中の麗らかな陽光が訓練場を照らし、そこは先ほどよりも更に麗らかさとは無縁の殺伐とした空間となってしまった。
―― ――
―― ――
肌寒さが肌を刺激し、身も心も重たくなる時間、夜。
暁斗は漸く自室へと帰ってくることができた。
「疲れた……何もしたくない……。
食事……は、栄養ゼリーでいいか……」
疲れた体をどうにか引きずって、冷蔵庫へ向かう。
暁斗の部屋にはキッチンはあるが、基本的に暁斗が料理をすることはない。
暁斗が料理をすることは英暁や癒月から強く止められていた。
”暁斗君!
君が料理をする必要はないんだよ!
何なら、僕が作ってあげるから君はキッチンに入らないで!”
”そうだ、暁斗!
お前が料理をする必要はない!”
暁斗は特殊機動四隊に引き抜かれた年、部隊のレクリエーションという事で野外活動をした。
その時、暁斗の班は大惨事になったのだ。
暁斗は火属性の異能の力が強すぎる為、料理をしようものなら食材どころか炊事場が消し炭になる。
そう、暁斗が炊事場で料理をしようと火を点けた瞬間、暁斗の班の炊事場が火を噴いたのだ。
その大惨事を目の当たりにした英暁と癒月がすぐさま水属性の異能で消火できたから良かったものの、それ以来、二人が暁斗をキッチンに入れることもなければ、それは絶対にさせない。
それどころか、暁斗が電気コンロや果ては電気で沸かすタイプのお風呂だろうが、触れさせないようにしていた。
何が発火の原因になるか分からない。
それなら、発火の可能性のあるモノに暁斗を近づけさせないのは当然のことだった。
(癒月少佐は……今日も21時過ぎるのかな?
僕に無理をするなとかいう割に少佐自身、一体いつ寝てるんだろう……)
後方支援・医療隊である参番隊を取り纏める隊長であり、彼自身は研究に熱心なマッドサイエンティストの側面も持ち合わせている。
彼の興味は医療よりも解剖・実験・研究であり、暁斗の持つ異能歌の研究も彼の分野である。
その為、彼とは過ごす時間も多く、そんなだから彼が自分に恋をしてしまったのはある意味、当然と言えば当然なのかもしれない。
それにしては、暁斗の生活全般のお世話をしてきたり、暁斗の様子を逐一知ろうとして来たりと言った偏執的な部分が見られるが……。
(それを受け入れている自分も大概ではある、か……)
――コンコン。
暁斗がベッドに寝転がり栄養ゼリーを咥えていると、部屋の扉が叩かれた。
これが癒月であれば、もう少し静かなノック音だし、英暁であればノックすらせずに入ってくる。
(誰だ?)
警戒しながら、暁斗は先ほど脱ぎ捨てたシャツを手に取り、着こむ。
暁斗がシャツを着た事により、胸部は平らになった。
それを確認して、暁斗は「はい」と低い声で応え、扉を開ける。
扉を開けた先にいたのは――。
「烈火?」
「あ、暁斗、もしかして戻ったばかりだったか?」
そこにいたのは、烈火だった。
彼は、シャツにズボンというラフな格好をしており、プライベートな時間を過ごしていたのだと分かるような恰好。
先ほどまでシャワーでも浴びていたのか、髪が濡れていた。
「どうしたのですか、こんな時間に?」
暁斗は驚いて目を丸くする。
烈火の部屋と暁斗の部屋はそこまで離れていないにしても、急な訪問には少し遅い時間である。
「いや……、どうしたってこともないんだけど。
暁斗とその、話したくて」
何処かぎこちないような烈火の言葉に暁斗は驚いたものの、懐かしさに微笑む。
「そうですね、折角再会できましたし、少し話しましょうか」
微笑んだ暁斗は、烈火を自室に招き入れる。
癒月も英暁も、戻ってくるにはまだまだ時間がかかるだろう。
二人が戻ってくるまでに烈火を部屋から叩き出せばそれでよし。
暁斗があっさりと自分を部屋に入れたことに驚きつつ、烈火は勧められるがままに暁斗の部屋へ入っていった。
暁斗の部屋は年頃の女の子というにはシンプルな部屋だった。
白い家具が並んでおり、棚には戦術指南書や異能の指南書、趣味の小説が少々。
本棚の上には、分厚い雑誌が重なっていた。
「こうして話すのは何年ぶりだろう。
あ、烈火、ブレンド茶でいいですか?
僕はキッチンに近付くの禁止されていまして。
ケトルさえも触らせてもらえないんですよ」
冷蔵庫からブレンド茶を取り出し、コップを持ってダイニングへ行く。
ブレンド茶は癒月特製の美容にいいお茶である。
ダイニングへ行くと、烈火は落ち着かないのか、辺りをきょろきょろと見回している。
「ふふ、そんなに落ち着かないですか?
昔は僕の部屋に普通に出入りしていたのに」
「いや、あの頃はまだ、ガキだったろ……」
「今も昔もそんなに変わりませんよ。
実際、一目見てすぐに烈火だと分かりましたし」
烈火の言葉に何処かおかしくなってしまった暁斗は、控えめに笑う。
自分が13歳の時、烈火は16歳になったばかりだった。
その時に美堂家を出て、遠方の基地へと行ってしまったのだ。
実に6年ぶりの再会。
暁斗は烈火の事を忘れずにいたが、彼の方も同じだと知り、胸が温かくなる。
小さい頃は烈火に守られていた暁斗。
暁斗が転んで怪我をすればすぐに駆け付けて手当てをしてくれていたし、いじめっ子がいれば烈火が追い払ってくれていた。
そんな昔の想い出が蘇る。
烈火は貰ったお茶を飲みながら、隣で静かに話をする暁斗に目を移す。
きめ細かな白い肌、子供の頃と変わらない優しく輝く優美な瞳。
子供の頃と変わったのは、暁斗の美貌だった。
子供の頃から綺麗な顔をしていた暁斗だが、今の暁斗は、誰が見ても美人だと思うほど綺麗で。
実際、暁斗を訓練場で見かけた時は、その美しさに息をするのを一瞬忘れたほどだ。
しかし、烈火は暁斗の髪と瞳を見て、切なさを覚える。
子供の頃──最後に会った時の暁斗は、髪は濡羽色で首元まで長く、瞳も黒曜石をそのまま眼窩に嵌め込んだような綺麗な瞳だった。
しかし、今の暁斗は──。
「暁斗は……、その、随分と変わったんだな。 髪と目……」
「あぁ……」
暁斗は髪を弄りながら思い出す。
そう言えば、
「火産霊に憑依されているのです。
彼女と相性が良かったみたいで、髪と目が赤みがかってしまって。
……おかしいですかね?」
そう問われて、改めて暁斗の顔を見る。
優し気な赤褐色の瞳に筋の通った鼻、薄くも薄紅に色づいている唇が何処か色っぽい。
赤みがかった白い頬はふっくらとしていて、触れたら柔らかそう。
最後に別れたのが暁斗がまだ、初等学校を卒業したばかりの頃だった。
その時に比べたら、大人っぽくなったと思う。
「いや……、暁斗なら、どんな姿でも可愛いと思う」
「烈火……」
真っ直ぐに見つめられ、暁斗は照れたように目を逸らす。
昔から、烈火は暁斗を“可愛い”と言って守ってくれていた。
「……暁斗」
「うん?」
改まった様に声を掛けてくる烈火に、暁斗は首を傾げる。
烈火は暁斗へ視線を向けることなく、虚空を見つめて話し出した。
「ガキの頃の話だけどさ……、暁斗がガキ大将にいじめられていて、俺が助けたことがあったよな」
「ふふっ、ありましたね、そんなこと。
あの時の烈火、凄くカッコ良かったですよ」
「その時に、俺がお前に誓ったこと、覚えてる?」
「……?」
烈火の言葉に、過去を思い出すように暁斗は彼と同じく虚空を見つめた。
確か、ガキ大将に目を付けられたのが自分が初等学校に入りたての頃だから、6歳とかそのくらいの頃の話だった気がする、と記憶を辿る。
しかし、暁斗の中で守られていた記憶は存在すれど、それよりも自分がやり返していた記憶の方が強烈すぎて、烈火が守ってくれていた記憶は朧気だった。
何せ、“美堂暁斗”という人間はとても苛烈な人間だったのだ。
いじめっ子に対してはその目の前で木人を灰にして、“次はお前がこうなるぞ”と脅していたような人間。
その記憶の方が強烈すぎたのだ。
一つ記憶を思い出すと、そう言えば……と暁斗の中で次々と記憶が蘇る。
烈火の前では弱いふりをして守ってもらっていたような気がする、と暁斗は思い出す。
どうしてそのように行動していたのかは覚えていないが。
もしかしたら、自分よりも年上で、いつも守ろうとしてくれた彼を兄だと慕いながらも甘えていたのかも?とも思うけれども……。
暁斗が記憶の海に揺蕩うように揺られていると、烈火が口を開いた。
「暁斗、グルカマン物語が好きだったろ。
だから、俺が暁斗に言ったんだ。
“俺が暁斗の騎士、エイルの恋人、エリオルになる”って」
「あ……」
烈火の言葉に、その時の記憶を思い出した暁斗。
確かに子供の頃、グルカマン物語が好きで本が擦り切れるまで読んでいた。
そして、暁斗が強く憧れていたのは、その外伝に出てくる慈悲の女神エイル。
彼女のように、守られて愛されることを強く望んでいた。
それを知っていた烈火が言ってくれたのだ。
“俺が、エリオルみたいに暁斗を好きになる!”と。
純粋だった子供の頃の記憶。
その時、自分は何と言ったんだっけ?
生まれた時から一緒にいた烈火は、暁斗の性別が女だと知っていた。
それを知っていたからこそ、周りが暁斗を男だと言って育てていても、烈火だけは自分をお姫様のように守ってくれていたのだ。
それが温かくて嬉しくて、だからこそ、烈火の前ではか弱い女の子を演じていたのだと思い出す。
調子付いて暁斗をいじめていたガキ大将には木人を灰にしてお見舞いしてやったが。
その片鱗さえ見せず、ひたすら烈火の前では弱い自分を演じていたのだ。
だって、そうしていれば、彼だけは自分の味方でいてくれたから。
「暁斗……、こうして、俺ももっと強くなった。
俺は、今でも暁斗が大好きだ」
「烈火……」
暁斗は、向けられた彼の瞳を見て、息を呑む。
何処までも綺麗に輝く琥珀色の瞳。
しかし、その瞳には、執着心と独占欲が見え隠れしていた。
癒月や英暁が暁斗へと向けるものと同じ瞳。
その瞳の仄暗さに、暁斗は息を呑んだ。
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