はる風に吹かれて
るっきー
第1話 再会
朝。
目覚ましのアラームが五度目のスヌーズを終えたとき、柚葉(ゆずは)はようやく目を覚ました。
「うっそ!? もうこんな時間!?」
勢いよく跳ね起きて、慌ただしく部屋を駆け回る。
部屋の中はいつも通りの軽いカオス状態。昨日畳まずに放置された服の山、読みかけの漫画、そしてカバンの中には筆箱とノートだけがぽつんと。
鏡の前で寝ぐせを直しながら、柚葉はパンをくわえてスマホの時間を確認した。
「ゼミの初回に遅刻とか、ありえないって……!」
この春から始まる専門ゼミ。履修登録のときから悩みに悩んで、ようやく決めた研究テーマ。
新しい教授に、新しいメンバー。緊張しないわけがない。
そんな日に限って寝坊する自分の運命を呪いながら、柚葉はマンションの階段を駆け下りた。
•
電車の中は、学生とサラリーマンでぎゅうぎゅうだった。
背中に押されながらもなんとか目的の駅にたどり着き、教室に駆け込んだときには、開始5分前だった。
「セーフ……!」
安堵のため息をつきながら、ドアを開ける。
教室内にはすでに十数人ほどの学生が集まっていて、みな思い思いにノートやスマホをいじっていた。
ちらりと視線を交わすも、特に知っている顔はない——と思った、そのときだった。
窓際の席に座っているひとりの男子学生。
目を引いたのは、その横顔だった。
優しげな目元と、すっと通った鼻筋。高校生の頃より少し背が伸びたようで、肩幅も広くなっている。
「……え?」
心臓が、変なリズムで鼓動を打った。
彼は、静かにこちらに視線を向け、少しだけ微笑んだ。
「……柚葉? 久しぶり」
——やっぱり、陽向(はると)だ。
忘れるわけがない。小さい頃から、何度も何度も一緒に帰った放課後。夏休みに駄菓子屋で買ったアイスを、日陰で分け合った思い出は今も胸に刻まれたままだ。
中学を卒業して、住む街も違って、そのまま疎遠になっていた幼なじみ。
「ほんとに……陽向? うそ、なんで!?」
「たまたまこっちの学部に移ったんだ。ゼミの抽選も通って。偶然だよな」
軽く笑うその顔は、あの頃と変わらない。
けど、言葉の端々から滲む雰囲気は、どこか大人びていて、眩しく感じた。
変わったなあ、陽向……
「……よろしくね、また」
「うん。よろしく」
自然と、そう言葉が返せた自分に少しだけ驚いた。
気まずさはない。けれど、すぐ隣に座るほどの距離感でもない。
柚葉は少しだけ離れた席に腰を下ろし、深呼吸した。
やばい。めちゃくちゃ気になるんだけど!
授業の内容はほとんど頭に入ってこなかった。
陽向がノートに書き込むたび、ページをめくるたび、その小さな音が耳に届く。
視線を向ければ、向こうもふいにこちらを見て、また笑った。
なに、その笑い方。反則でしょ!!!
授業が終わり、教室を出るころには、春の陽気が柔らかく差し込んでいた。
柚葉は、少しだけ早足になって階段を下り、スマホを取り出して天気を確認する。
「明日も晴れかぁ。よかった」
けれどその心は、天気よりもずっと、再会の余韻で揺れていた。
思いがけない春の始まり。
そして、これから先のなにかが、少しずつ動き出す予感。
これって、偶然……だよね?
そう思いながら、柚葉は青空を見上げた。
春の暖かい風が、柚葉の短い後髪を小さく揺らした。
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