私の視界が影るまで

魅河アキラ

私の視界が影るまで

あなたが昔聞かせてくれた小説を読みました。

泣いてしまいました。

温い雫が頬を伝う感覚があったので、泣いています。小説はO・ヘンリーの最後の一葉。あれはあなたが初めて私に聞かせてくれた小説でしたね。


私は幼い頃よく一人で原っぱに寝転び風に靡く草花の音によく耳を傾けていました。ぼんやりと空を眺めていると頭上から声がしました。


あなた、いつもここに居るの?

はい、天気が良ければいつもこの時間にいます。

じゃあ、明日も来る?

天気が良ければ来ますよ。

明日天気だといいな、待ってるから!


あなたはそう言い残してそそくさと走っていきました。草を踏みつけ駆けていく音がしたので、きっと走ったのでしょう。

次の日、天気だったので私はまた原っぱに行きました。またぼんやりと空を見上げていると頭上から声がしました。


あなた、小説は読む?

読まない、私は読まないの。

面白いのに!私のおすすめの短い小説持ってきたから読んでよ。


視界が影る。きっと目の前に本を差し出されたのだろう。


私は読むのが好きじゃないの、文字を追うのは疲れるから。

ちぇ!なら読み聞かせてあげる。


あなたは私の返事も聞かずによたよたと下手な音読を始めました。やっと終わると感想を求めてきたので、


面白かったよ。あの壁に描かれた葉が、最初で最後の最高傑作なのね。

そう!そうなの!いいよね、最後あの人だったんだ!って気がしたでしょ?面白いでしょ!読んでよ、まだまだおすすめあるんだから。

私は読まないって、文字を追うのは疲れるの。

じゃあまた読み聞かせてあげる。天気の日に、この時間に来てね、待ってるから!


そしてあなたはすぐに駆け出してしまった。少しスキップしていたのでしょうか、リズム良く草を踏みにじり駆けていく音が聞こえました。それからあなたは天気の日に本を聞かせてくれました。時々あなたは

本読めばいいのに、したらそのバカも少しは治るんじゃない?ところころ笑いました。その度に私は余計なお世話だよ、と返して2人で笑ったものです。


色々な本を聞かせてくれましたが、1番上手に読めていたのは最初聞かせてくれた最後の一葉でした。それ以外は、話がぐちゃぐちゃで意味がわかりませんでした。あなたが面白いというから、文字を追うのは嫌いだけど本を読み始めました。やっと私もまともに読み始めたというのに、あなたは段々と来なくなりました。下手な音読が更に下手になり、遂にあなたは来なくなった。


あれから色々な本を読みましたが1番好きなのはやはり最後の一葉です。あなたが音読していて1番意味が分かる本でしたから。もし今あなたがきて音読してくれたら、今度はあなたも正確に読めるでしょうね。当時私は思っていました。

私の理想なのにまともに点字も読めないのかと。分かっていました。あなたは私の、私だけの友達だと。私は目が見えませんでした。いえ、今も見えませんがね。

点字が苦手で小説を読むのも嫌いでした。最後の一葉はお父さんが読み聞かせてくれたのでしっかり理解していましたから、あなたも正確に音読できたのでしょう。

最後の一葉を久しぶりに読んであなたを思い出しました。そういえばあなたの名前を知りませんでした。お互い名乗りませんでしたし、必要なかったからです。でも、今名前を付けます。あなたは詠子。私に読み聞かせをしてくれたから。


さて、詠子。今私はもうあなたに二度と届くことの無い手紙を書いています。あなたはいつか私をバカだと言いました。残念ながら、今もそれは変わらないようです。もう会えないあなたに名前をつけ、天気の日、あの時間に原っぱに寝そべりぼんやりと空を見上げ、私の視界が影るまであなたをただ待つのは、

愚かなほどバカでございましょう?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の視界が影るまで 魅河アキラ @A_Mikawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ