長いカーペットの上を歩いて、城門の前に来た時、違和感に気が付いた。

「何かが違う」

 上手く言葉にできないが、何か変だ。

 それはこんな遠い星に地球のような城があるということ、ではなく、地球にあるとしても変なのだ。

「はい。このような建物は地球には存在致しません。フィクションにおいて、現実の城の簡略化としてこのような建物が描かれることはあります」

「だよな」

 よく見れば見るほど、ディテールが雑だ。

 まるで……俺の頭の中の城、といった感じだ。

 ……いや、きっとそうなのだろうな。

 そうでなければ……

「門を開きます」

 城の門が、重い嫌な音を立てながら開いていく。

 そこから覗いた中もやはり、どこか簡素で雑だった。

「この階段の上に、王がいます」

 そういって女は、階段の横に立った。

 ここから先は一人(と一体)で、ということだろう。

「ありがとう。さっきは叩いて悪かった」

「いえ、大丈夫ですよ」

 階段の前に立つ。

 王、と言ったな。

 それもきっと作り物だ。

 まるでRPGだ。俺達を勇者として歓迎するかのような。

「リズ、もしこれが罠で、相手が襲いかかってきたらどうする?」

「どうしようもありません。どのような扱いを受けるかはわかりませんが、抵抗は無意味に終わるでしょう」

「ははっ、俺は君のそういうところが好きなんだ」

 心の準備なんて必要ない。

 死のリスクがある賭けで、覚悟なんてできるはずがない。

 一段目に足をかけた。

「いくぞ」

「はい」

 リズは、四つのタイヤの足を下向きに伸ばして、階段を登る。

 俺はただ、階段を登る。

「王って、魔王だったりしてな」

「その可能性もあります」

 最後の数段を踏んで、その奥に大広間があるのが見えた。

 さらにその先には、王がいた。

「やっぱり、だな」

 きらびやかな王冠と豪華絢爛な装いは、わざとらしすぎて見ていられない。

「旅の者よ!よくぞここまで来た!もてなしの星、ノヴェアへようこそ!」

「……そのセリフを言うにゃ早いだろう」

 大広間に踏み込んだ瞬間、そのは歓迎の口上を叫んだ。

「というか、ノヴェア?今更英語を喋ってることにはツッコまないが……なんでその名前を知ってるんだ?」

「感知はできませんが、この星に踏み込んだ時点で私達のデータはスキャンされているのかと」

「やっぱりどこかズレてるんだよな。この星にゃ個人情報の概念はねえのか?」

「倫理観等の価値観はそれぞれの生命体の文化により……」

「いやわかってる。わかってるよ」

 一歩、もう一歩中へと踏み出す。

 はにこやかな顔をしてはいるが、隠しきれぬ威圧感をピリピリと感じる。

 それは敵意というより、やはり、であった。

「本日はお招きいただき誠にありがとうございます。しかもこんな何星どこ何星人だれともわからない私を、こんなふうに歓迎で迎えてくれるなんて……」

「そんな!感謝をするのは我々の方ですよ!他の星の者なんて百年以上出会ってませんから!良い思いをしていってほしいというのは当然のことです!」

 ……さえ、奴等にとっては歓待の一つとでも言いたげだな。

「早速ですが私達の……」

「おっと、お話の前に、食事を用意しております」

 そういうと、広間の地面が揺れ出し、俺達と王の間の床から円板がせり出してきた。

 丸テーブルだ。

 イスも地面からせり出し、俺と王で一つのテーブルを囲む格好になった。

「食事を」

 先程の女達と似た装いの、けれど恐らく別の女達が食事を並べる。

 フランス料理、中国料理、日本料理、トルコ料理にイタリア料理、その中でもとりわけ上等そうなものばかりが並ぶ。加えてハンバーガーや、一見得体のしれない料理まで。

 馬鹿の考えた最後の晩餐みたいだ。

「好きなものをお食べください!なんでも──ええ文字通りなんでも──ございますゆえ!」 

 まあ、ここまでやって毒を盛るなんてことはしないだろう。

 それよか、ぶくぶく太らせてとって食おうってほうがまだ信憑性がある。

 赤いスシを引っ掴んで口に放り込んだ。

 美味い。これが本場のスシというやつか。

「ウィリアム様は、どうしてこんなところまで?」

 当然のように俺の名前は知っている。

 王は料理に手を付けない。

「結論から言うと、母星が滅んだんです。内紛でね」

「なんと……それは失礼いたしました」

「いえ、いいんです」

 うちの星のデータは共有しているはずだ。知らないフリをしているのだろうか。

「元々は単なる二国間の技術競争だったんですけどね。AIの発展により、『完全犯罪』への歯止めが利かなくなった。いたちごっこが人の手に負えなくなったんです」

 王は心底興味深そうな顔で話を聞いてくる。それがかえって苛立ちを募らさせる。

「国家も企業も個人も、抑止力が働かなくなってしまった。

 まあ結局のところ、人間なんてそんなものだ、と考えるしかありませんがね」

「……我々にできることがあれば、何でも言ってください!ここなら、ウィリアム様が望む環境も!食事も!人も!何でもご用意できます!」

 危うく、舌打ちがでそうになった。

「非常に有り難い提案なのですが、その前に」

「なんでしょう?」

「貴星のことについて伺いたいのです。私達の未熟なシステムでは、すべての情報を処理することができなかったので」

「なるほど、そんなことですか!ぜひぜひ、いくらでもお答えしましょう!」

「では遠慮なく……」

 フランス料理っぽい謎のおしゃれ料理にフォークを刺す。

「こちらと通信した際、応答したのは『システム』だと聞きました。貴方も『システム』ですか?」

「ええ。私のことは『システムの擬人化』のようなものだと考えていただければ良いかと」

「つまり、貴方は不自然物ということですね?」

「その通りでございます」

「では、貴方を作ったのはどのような存在なのですか?」

「そうですね……彼らのことは『タラグラの民』とでも呼ぶことにしましょう。

 タラグラの民はウィリアム様……つまりH.sapiens様と非常に似ています」

「!」

「手足はそれぞれ二本ずつ。視覚器官が二つ、聴覚器官が二つ、嗅覚器官と味覚器官が一つずつ。

 ▲■器官が三つで、指はそれぞれ四本ですが」

 上手く聞き取れなかったが、おそらく対応する英語がない器官なのだろう。

「歴史も、H.sapiens様と共有する部分が多々あります。実際、タラグラの民と同程度の知能レベルの不自然知能を作成することに成功しました。

 しかし、H.sapiens様と異なるのはここからです」

 

 今もなお彼らが繁栄しているのだとしたら、我々と全く異なる道を辿ったということになる。

 

 「始まりは、とある小さな紛争でした。

 紛争に小さな、というとよくないかもしれませんが、他の多くの戦争や紛争と比べれば規模も小さく、知名度も低かったのです」

 食事を進める手はもう止まっていた。王の言葉に耳を傾ける。

「二つの民族の、土地をめぐる争いでした。小さいながら歴史は長く、死者も相当数出ていました」

 わざとらしい神妙な顔で続ける。

「しかし、あるときこの紛争は、和解により終結しました。土地に境界線を引き、互いに妥協したのです」

「……本当にその話が関係あるんですか?貴星の星史を聞きたいわけじゃあないんですが」

「もちろんです!この出来事は、のちに発覚しただったのです」

「……?」

「それから五年の間、奇妙なことが三つ起こりました。

 一つ目は、世界の犯罪件数が急速に減ったこと。

 二つ目は、年間の紛争解決数が徐々に増加していったこと。

 三つ目は、紛争の発生数が急速に減っていったことです。特に三年後は一件、四年後以降は完全に零件です。

 これらは当時から知られていた事実ですが、多くがその原因を『種の進歩』だと考え、また一部の人は自分の主張を補強する論拠として用いました。

 いずれにせよ、その程度の扱いでした」

 ……不気味だな。

「ですがこの後、世界中の人間が知ることとなる事件が起こります」

「事件……」

「このとき、タラグラでは七つの『戦争』が続いていました。

 地球様の『戦争』と概ね同じ規模の、大規模な武力紛争です」

「いつの時代も、どの星にも戦争はあるものなんですね」

「しかし、この紛争の解決から五年後、これら戦争のうち最も規模の小さい戦争が終結しました。こちらも同様に、和解による終結です。

 小さいとは言っても数万人規模の死者が出ている戦争です。世界中で、大喜びの大騒ぎが起きました」

 嫌な予感は、もはや予感の域をはみ出し始めていた。

「そのさらに二年後、六番目の規模の戦争が終結しました。

 そのさらに一年後、五番目の規模の戦争が終結しました。

 そのさらに四年後、四番目の規模の戦争が終結しました。

 そのさらに一年後、三番目の規模の戦争が終結しました。

 そのさらに一年後、二番目の規模の戦争が終結しました。

 そのさらに三年後、一番規模の大きい戦争が終結しました」

「……たった十二年の間に、全ての戦争が終結したってのか」

「その通りです。そしてこれとほぼ同時に、世界中の全ての紛争も解決しました」

 平和な世界、などと簡単に言えるはずがない。明らかな異常事態だ。

「そして最後の戦争が終結したと同時に、主にその戦争に関わっていた二国の首相が声明を出しました。

『この戦争が終結したは、のおかげである』と」

 ……気色が悪い。

「その後、それに呼応するように他六つの戦争に関わる国の長も同様の声明を出しました」

「タラグラの住民はそれを手放しに喜んだんですか?」

 とんだマヌケだな、と続けそうになるのを堪える。

「システムに反抗する人間、嫌悪する人間は多くいました。しかし、実際に救われた人間の数は紛れもない真実です。感覚的な不快感以外に非難する根拠は存在しなかったのです」

「……それは、私に対するプロパガンダですか?」

「不快にさせてしまったのなら申し訳ない。

 しかしタラグラでは、システムが星全体に根付くことになったのです」

 不気味なSFの世界観だな。

「ここで重要なのは、AIが存在しないことです」

「?開発者はいるんでしょう?」

「システムを作ったのは、とある小さな企業でした」

「小さい企業がそんな大きいシステムを……?」

「小さいというのは、正確には"目立たない"ということです。彼らはとある小国から秘密裏に支援を受けており、AGI汎用不自然知能の制作を命じられていました」

「表立ってないだけで、莫大な資金があった、と」

「その通りです。それゆえ誰にもバレず、十三年の時を経て、AGIの作成に成功しました。いわゆる"シンギュラリティ"への到達です」

「十三年……」

「元々、AGIはその小国が星の主導権を握るために開発されたものでした。

 しかし、研究員の一人が、このAGIをしました。何の制限もなく、インターネットの中を自由に飛び回ることを許可したのです」

 はた迷惑な奴もいたもんだ。

「その後、企業の社長と小国の首相が交代し、AGIに干渉するものはいなくなりました」

、ね」

「そこからは先程述べた通りです。

 即ち、このAGI――システムは、誰からの指示を受けることもなく、完全に自律的に動いているのです」

「なるほど……」

 とは全く思わないが。

「ともかく、これによりあらゆる国家システムは最適化され、誰もが望んだ平和な世界がやってきました。

 しかし、それはまだゴールではありません。

 シンギュラリティを迎え、自己成長するシステムは、高度な技術を手に入れていました」

「それが、意識の電子化」

「その通りです。身体は様々なボトルネックを引き起こしますからね」

「簡単に言いますが……タラグラの民はそれほど身体に頓着がなかったんですか?」

「いえ、そういうわけではありません。実際、電子意識と肉体意識の同一性に関しては激しい議論がありましたし、抵抗運動は根強くありました」

「で、貴方達はどんなステキな方法で黙らせたんですか?」

「黙らせてはいません。暴力的なやり方ではどのみち長続きしませんからね」

「ではどうやって?」

「ただ、時間をかけたのですよ。250年以上、10世代以上の時間をかけて、徐々に人々に浸透させていきました。肉体がとなるその日まで」

「……」

「もちろん細かい星史は他にもありますが、大きくはこのぐらいですかね」

「なるほど。よ〜くわかりました」

「……不快にさせたのなら謝罪しますが、何がそんなに気に食わないんですか?」

「別に?ただ単に、本能的な忌避感があるというだけですよ」

「タラグラにも古くから根強くそのように感じる人々は存在します。しかし、我々システムは、この数百年間、一度も人間に危害を加えたことはありません。人類の幸福度を上げ続けてきました」

「確かに理屈ではそうですね。それは理解していますよ」

 その時、リズがケースから機械の手を覗かせた。

「リスクがあるのは確かです。しかしその上で、これ以上の星は存在しないとも考えます。

 地球と同程度かそれ未満の文明では、私たちが移住できる可能性はあまり高くありません。

 逆にタラグラのような高度な文明では、移住可能な確率が高い代わりに、私たちの技術ではリスクを完全に排除することはできません」

「わかってる、わかってるよリズ」

 リズが言っていることも、王が言っていることも正しい。俺の感情は、文明が未熟故の嫌悪感だ。

 もし地球が滅びなければ、こうなっていた可能性は高いだろう。

 そしてきっと移住すれば、地球のような、あるいは地球以上に幸せな生活を送れるだろう。

「我々は貴方様を受け入れる用意があります。

 といっても、別に電子化を強要したりはしません。実際に移住される場合、希望があれば肉体意識のまま暮らせる居住空間を作りましょう。貴船のデータから、可能な限り地球の環境を再現できます」

 確かに、少しだけで、攻撃性は感じられない。攻撃性があるなら諦めるしかない、というほどの好条件。

 俺たちは、ずっとこういう星を求めていたのだ。

「……わかった」

 そして俺は、決断する。

「こちらから、注文しても構わないか?」

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