第四話 辺境伯家のお家騒動

4−1 リチャード・ウェズリーとの出会い

 私達が魔術師の塔の見学を終え、王宮の客室に戻った途端、王都の辺境伯邸に来る様にと伝言があった。

 王宮の玄関には既に辺境伯家の馬車が待機していて、拒否する権利は与えられなかった。

 ……アルウィン兄さんは王都見学に出かけたというのに、年下の私がこんなに忙しいのは何でなの?

 だが、私の愚痴は聞き入れられる事はなく、私は馬車に乗せられ王宮を後にした。




「……私のお披露目ですか?」

「そうだ。書類上では私は其方の後継者になった。そのお披露目のパーティーをせねばならん」


 ……ぶっちゃけ、正直面倒くさいなぁ。


「準備は粗方終わっているから、其方の母親が到着したらすぐにでも開催自体はできる。国王陛下や上位貴族の方々にも根回しは済んでいるから、其方は挨拶をするだけでいい。安心しなさい」

「……はーい」


 全く安心できない内容なのだが、私には拒否権は存在しないだろう。これからも辺境伯閣下にはお世話になるのだ、ここは黙って従っておく事にしよう。


「パーティにはアルウィンも出席させなさい。アリアとアルウィンの関係をはっきりとさせておいた方が、アルウィンの貴族学校での立場が有利に働くだろう」


 アルウィン兄さんが入学する貴族学校は身分社会だ。

 今回のカフカース事件の真相の報告による功績で、伯父さんは子爵に陞爵した。つまり、今年一番の注目の人物の一人なのだ。そこに、精霊の弟子の従兄弟というステータスが付け加わるのだから、さらに注目度はアップするだろう。それに、兄さんは顔もハンサムだし、伯父さん譲りの剣の才能はあるし、父さんと接しているせいか物腰も柔らかいし、こりゃあ貴族学校に入学したらモテモテになる事間違いないね!

 しかし、オウルニィから代官一族が一人もいないという事態は出来るだけ避けたいので、母さんがこちらに来たら伯父さんがオウルニィに帰宅する事になった。そして、母さんはそのまま辺境伯邸に留まり、男爵夫人としての教育と陞爵のパーティの準備をする事になった。


 ……父さんと結婚する前の生活に戻っちゃうけど、母さんは大丈夫かなぁ?




 二日後の夕方、母さんが辺境伯邸に到着した。

 母さんの顔は真っ青で、今にも倒れそうだったので急いでソファーに座らせて様子を見た。


「母さん大丈夫?馬車で酔っちゃったの?」

「アリア、大丈夫よ……。ただ、王宮に連れて行かれるとは思っていなかったから緊張しちゃって……」


 領都の辺境伯邸にある転移門は王宮にしか繋がっていないため、王宮経由でここまで来ちゃったのか。いくら緊急での呼び出しとはいえ、元平民の母さんには荷が重かっただろう。


「……私が迎えに行ったら良かったね。ごめんね、母さん……」

「心配しなくても大丈夫よ。アリアが精霊様方の後見を受けられた時から多少の覚悟をしていましたからね。私は貴方の母親として恥ずかしくない様に強くならなくてはね」


 ……無理して強くならなくてもいいよ、と言いたかったが、その言葉は母さんの覚悟に水を差すだけだろう。

 私は、頑張ってねと応援するしかなかった。




 その日の夕食は、辺境伯邸の晩餐室で執り行われた。

 今日はクーパー家一同が辺境伯邸に揃う数少ない日だったので、辺境伯閣下が家族を紹介したいと申し出たのだ。……別にいいのに。

 晩餐室にいるメンバーは、辺境伯閣下のギャレット・ウェズリーと妻のヒル・ウェズリー。ギャレットの息子で次期辺境伯のリチャード・ウェズリーとその妻のガブリエル・ウェズリーと生まれたばかりの赤ん坊のジェラルド・ウェズリー。そして、ここにはいないが来年貴族学校を卒業する次男のアーサー・ウェズリーがウェズリー辺境伯家の家族構成となっている。

 挨拶が終了すると、赤ちゃんのジェラルドはすぐに乳母に連れれれて晩餐室から出ていってしまった。……あーん、もうちょっと見たかったのに。


「それで父上、この者達は何処の誰なのですか?私は今日、王都にいる若手貴族連の夜会に出席する筈でしたのに、無理矢理連れてこられたのです。その予定をキャンセルするのに相応しい理由をお聞かせください」

「……お前は、またあんなくだらない連中とつるんでおったのか。結婚して子供まで出来たというのに、何時迄独身気分でいるつもりだ。少しは領地の事を勉強しなさい」

「……あんな田舎に引き篭もるなんて御免ですよ。領地にはアーサーを代官として赴任させればいいではありませんか。あいつにはそういう地味な仕事がお似合いですよ」

「それで良いわけがないだろう!」


 ……あのー、親子喧嘩なら別の所でやって貰えませんか。


 母親のヒルは「お客様の前ですから…」と夫を嗜めていたが、リチャードの妻のガブリエルは何も言わずに黙っていた。時折、チラチラとリチャードの顔色を窺っていたのでリチャードには強く言えない立場なのだろう。

 それにしても、ガブリエル夫人ってもの凄い美人だな。よくこんな馬鹿の所にお嫁に来ようと思ったのか疑問だ。この美貌なら、男なんて選り取り見取りだったろうに。


「クーパー子爵、ニュートン男爵、君達の前で恥ずかしいところを見せてしまい申し訳ない……。リチャード、こちらに居られるのはこの度国王陛下から陞爵を許されたクーパー子爵とニュートン男爵のご家族だ」

「おお、かの有名な『オウルニィの戦鬼』殿ではありませんか。それはそれは、陞爵おめでとうございます。何か大型の魔物でも討伐されたのですかな?」

「……この二人はカフカースの事件の真相を陛下にご報告し、その功績が認められたのだ。お前はもう少し世間に関心を持て。官報が公布されてから既に丸一日以上経過しているのだぞ。王都に住まう貴族ならば知っていて当然の内容だ」

「最近はちょっと忙しかったのですよ。それにしても、カフカースですか……」


 リチャードは少し歯軋りをした様に見えたが、何故なんだろう?

 もしかしたら、あの無様領主と親交があったのだろうか?

 もしそうだとしたら、ちょっと申し訳ない。……けど、後悔はしていないけどね。


「そして、ニュートン男爵の娘であるアリアは、魔術師の才能が認められたので、この冬から魔術師学校に入学する手筈になっている」

「……父上、この娘はまだ子供ではないですか。騙されているのではないですか?」

「何を馬鹿な事を言っておるのだ!其方は国王陛下に認められたアリアを疑うと申しておるのか!その言葉は陛下に対して失礼に当たる」

「……申し訳ありませんでした。以後気をつけます」


 リチャードは私を睨みながら謝罪していたが、そんな表情だと反省も何もしてないのと同じだから!

 リチャードの心情的には恥をかかされたと思っている様だったが、その思った事が顔に出るのは貴族としてどうかと思うよ。

 そして私達は、冷え冷えとした空気の中で味もわからなくなるような思いをしながら晩餐会を終えたのだった。

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