3−10 アリア・ニュートン観察記録 (ジャスパー視点)
アリア嬢が魔術師の塔に見学に来る前夜、私は国王陛下に急遽呼び出された。
「明日の朝、精霊様のお弟子様が魔術師の塔を見学なするのですか?塔の中は国家機密の塊ですが……」
「いや、見学したいのは人が使う魔術だそうだ。精霊様の弟子……アリア・ニュートン男爵令嬢は精霊様から魔術を教わったが、精霊様は人間の魔術を見た事が無いのでアリアに魔術を教えたが、それで合っているかわからないそうだ」
「いやいや、精霊様の弟子ってまだ七歳ですよね。そんな子供が魔術を使う事が出来るんですか?今までの常識が吹っ飛んでしまう様な話なんですが」
「……余も疑問に思うが、アリアは日常的に魔術を使っているみたいなのだ。その事は家族からの証言も取れている。そこでだジャスパーよ、其方の『魔力視』を使ってアリアを観察してこい」
「……命令だけ聞くと、不審者みたいで嫌なのですが……」
私は陛下の事をジトっとした目で見つめた。
こんな目で見ても不敬と言われない程度には、私と陛下の仲は良好だ。
「余もお前を幼女趣味だと思いたくはない。が、それでも引き受けてもらうぞ。アリアがどの程度の魔力を持ち、そして精霊の魔術とは如何なるものかを見極めなくてはいけないからな」
「……それは、確かに興味がそそられますね」
「ようこそ魔術師の塔にお越し頂きました。本日の案内役を務めます、副団長のジャスパーと申します」
私は丁寧に挨拶をし、目の前のアリア嬢を見つめた。……私は決して幼女趣味ではない。
七歳という年齢の割には少し背は低いだろうか、だが顔立ちは非常に整っていて、あと数年もしたら結婚の申し込みが殺到するのだろうな。
私は気が進まなかったが陛下からの命令だ、渋々『魔力視』を発動させてアリア嬢の魔力を観察してみる事にした。
私の目に魔力が集中してくる感覚を確認視、アリア嬢を見つめてみる。
……身体からは然程魔力は漏れ出していないな。普通ならもう少し魔力が漏れ出しているものなのだが。魔力はそう多くないのか?
いや、もしそうなのだとしたら精霊様がわざわざ弟子にはしないだろう。となると、魔力を制御して身体から漏れ出ない様にしているのか?
もしかしたら私の術が失敗している可能性があるので、同僚の魔術師も見てみたが彼の魔力は普通に見る事が出来ていた。
多分間違いない。アリア嬢は魔力を完璧に制御している。
これは、益々興味をそそられてきた。
私達一行が屋内訓練場の中に入る時に、一般人である父親とアリアの兄(?)に耳栓を着用してもらうようにお願いした。
あまり頻繁的ではないが、この訓練場に見学に来る一般人が存在する。
まあ、一般人と言っても国王陛下や王国騎士団の幹部連中が殆どなのだが。
アリア嬢にも耳栓を渡そうとした時、防御魔術や防音魔術が使えると言って耳栓の着用を遠慮してきた。
私は『魔力視』を使って確認してみると、本当に防御魔術を展開していた。
……一体いつの間に魔術を使ったんだろうか。全く魔力の動きを感じさせなかったぞ。それに、いまだに身体から魔力が漏れ出ていない。恐るべき魔力制御だな。
いくつかの魔術を見学をした時、アリア嬢が魔術師が飲んでいる栄養ドリンクを見て魔力を回復させる薬なのかと尋ねてきた。
私はただの栄養ドリンクだと答えると、非常にガッカリとした様子だった。
もしかしたら、精霊様はそんな夢の様な薬剤を開発しておられるのだろうか?
アリア嬢は物語の中の話と言って話題を変えたがっていたが、あの表情からすると実物があるのかもしれない。しかし今は引き下がっておいた方が良いだろう。あの防御魔術の腕を見ただけで、彼女が将来、魔術師の塔に入る事になるのは確実だ。その時の楽しみにとっておいても良いだろう。
そんな妄想をしていると、アリア嬢の連れのアルウィン殿が興味深い事を喋り出した。
「……確かにここの魔術師様達の魔術も素晴らしいですが、ダグザ様の所で見たアリアの攻撃魔術の方が迫力があったような……」
アリア嬢はあんな見事な防御魔術が使えるのだ。攻撃魔術が使えるのも当然だろう。
私はアリア嬢を多少強引な言い方で納得させて、攻撃魔術を披露してもらう事に成功した。
すると、アリア嬢は右手を上に掲げて、その右手に魔力を集中させていった。
……なんだ、この桁外れな魔力の量は!いや、これは本当に魔力なのか?
アリア嬢の右手の上に二メートルはある巨大な岩の塊が浮いていて、その塊を的に向かって猛烈なスピードで投射した。
岩の塊が命中して的が破壊され、岩の塊は的の後方にある壁に激突し破裂する様に砕け散った。
壁はかろうじて破壊はされてはいないが、巨大な穴を開けていても不思議ではない威力だった。
幸いな事に魔術師のみんなは無事で、防御魔術のおかげか怪我をした者もいなかった。
アリア嬢を見てみると、今の魔術に何処か不満があったみたいで、再度同様の魔術を撃ちたかった様だったが丁重にお断りをしておいた。
そしてアリア嬢の一行が帰られた後に、あの魔術を一緒に見学していた魔術師たちの所に駆け寄り、皆と一緒にあの魔術を検証してみる事にした。
「副団長……。あの魔術で創り出した岩の塊はいまだに形を保っています。通常なら魔術で構築した物質は長くても数十秒程で魔力に戻るはずですが、この岩は魔力に戻る気配すらありません。これは本物の岩を作り出したとしか考えられませんよ!」
私は細かく砕けた岩の一欠片を手に取り『魔力視』を使って観察してみた。
自然物にも若干の魔力は存在していて、生物以外の物の魔力はほぼ動かない。しかし、魔術師が魔術によって自然物に似せた物質を創った場合は、常に魔力は拡散していき数秒で消滅してしまうのだ。
この掌に乗っている石は、完全に魔力が固定化されていて、もう魔力に戻る事はないだろう。……つまり、アリア嬢は『創造魔術』を使えるという事なのか?
「『創造魔術』は精霊の中でもごく一部の精霊しか使えない魔術じゃないですか。確かにあのお嬢さんの魔術は凄まじかったですが、人間の魔術師が『創造魔術』を使えるとは思えませんね」
「……結論は、彼女が魔術師学校に入学した後のお楽しみに取っておきましょう」
彼女はこの世界の歴史上、初めての精霊の弟子だ。その彼女を普通の人間の魔術師と同等に考えてはいけない感じがする。
どちらにしても、これは今後面白い事が起こる予感がしてきた。
「ジャスパー、アリアの魔術を実際に見てみた其方の感想は?」
「そうですね、正直な感想を申しますと非常に規格外な魔術師ですね」
「規格外か……、確かに精霊の弟子と言うだけでも、そこらの規格とは外れているな」
「いえ、そうではなく、人間としての規格から外れています。正直、精霊と言われた方が納得出来る程ですよ」
私は、今日あった出来事を詳しく陛下に報告した。勿論、『創造魔術』の事もだ。
「……『創造魔術』か。余は詳しくは知らないが、聖典に書かれていた天地を創り出した女神の魔術だったか?」
「はい、『創造魔術』は女神様の他には、ごく限られた精霊にのみに伝授されている秘術とされています」
「……本当に『創造魔術』なのか?そんな秘術を、あの小さなアリアが使えるとは信じられないのだが?」
「もし、他の魔術でアリア嬢の魔術を再現するならば、一番考えられるのは転移魔術ですね。何処かから……アリア嬢でしたらキボリウム山脈からでしょうか?そこから岩塊を転移させ的にぶつけた。それならば、あの魔術を再現出来るかと……」
しかし、それでは無駄が多すぎる。
普通、石礫などをぶつける魔術は事前に石や刃物などを用意しておくか、周囲にあった石や瓦礫を浮遊魔術を使って的に当てるという工程を行う。
だが、転移魔術を使った場合は、岩塊の正確な位置を把握していなければならず、しかも即座に転移魔術を発動しなければならない。転移魔術は非常にデリケートな魔術で、転移する場所の正確な位置や障害物の有無を確認しなければ発動しない。実戦で使用したとしても発動できるかは微妙なところだ。
そして転移魔術は魔力を大量に消費する。一回の攻撃魔術の為に転移魔術を組み込むのは余りにも効率が悪すぎて使い物にならない。
しかし、アリア嬢はあの魔術を使って実際に魔物を討伐したらしい。しかも、今日の様な岩塊ではなく、純鉄の塊を使ってだ。
岩塊ならともかく、純鉄の塊が自然に落ちている筈はない。あの場で生成したと考えた方が自然だろう。純鉄を一瞬で創り出す魔術なんて一体どんな魔術なんだろう。
今すぐにでも純鉄の塊を見に、キボリウム山脈まで飛んでいきたい。
「ともかく、アリア嬢は速やかに魔術師学校を卒業させて魔術師団に入団させるべき人材です」
「アリアはまだ七歳だ。未成年を魔術師団で働かせるのは些か面倒だろうな」
「その通りですが、そこは特例を設けては……」
「特例を許すだけの功績をアリアは示していない。誰の賛同も得られんよ」
「精霊の弟子、カフカースの件、今日の魔術だけでは足りませんか?」
「カフカースの件はウェズリー辺境伯とクーパー子爵とニュートン男爵の功績で、今日の魔術師塔の魔術は見た者が限定的だ。アリアの功績にはならんな」
「そうですね……」
「まあ、そう焦るな。今迄のアリアの行動を鑑みても、アリアが魔術師学校でも何かやらかすに違いないからな」
その通りだ。あのような魔術を使えるアリア嬢ならば、魔術師学校でも何か面白い事をやってくれるはずだ。
ああ、本当にアリア嬢の入学が待ち遠しくなってきましたよ。
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