ゴールへ

 リングを抜けて最終区間へ。


 そのときだった。空を裂くような細い影が、僕たちのすぐ下をすり抜けていく。


「……速い!」


 それは、これまで集団に隠れていた小型ドラゴン・ソラレーン。


 その鮮やかな青い鱗は、風と一体化したように滑らかだ。鞍の上の少女騎手エルナも身を伏せ、体重を極限まで前へと乗せている。


 先ほどまで僕たちとアーガスの死闘に目を奪われていた観客席が、どよめきと歓声に包まれた。


「ギャオッ!」


 ヴェイルが悔しげに鳴き、僕はすぐ声をかけた。


「ヴェイル、まだ終わってない! 最後の直線だ、君の力を全部出して――!」


 ゴールは目前。


 最後の魔法リングを抜け、一直線の滑空ゾーンに入った。


 小型ドラゴン・ソラレーンはその体格を活かし、リングの内側ギリギリを通って最短ルートを突き進む。


 体重が軽いぶん加速も鋭く、空気を切り裂く音がすぐ横で響く。


 だが、ヴェイルは決して退かない。


「今だ、ヴェイル! 風を掴んで――!」


 僕の叫びに合わせて、ヴェイルは大きく翼を広げる。

 

 翼の一枚一枚が朝日の中できらめき、彼自身が風を味方にするようだった。


 ライバルたちが空の遠景に消え、残ったのは僕らと、青い閃光ソラレーンのみ。


 リングが最後の一つ。ソラレーンが一歩先んじて飛び込む。


 僕は息を呑む。その瞬間、ヴェイルが一気に加速した。


 重さゆえに空気を押し分けていたヴェイルだが、ここにきて体重の勢いが武器に変わる。



 地を蹴るように、最後の力で滑空!



「ヴェイル、もうひと踏ん張りだ! 上だ、抜けろ!」


 ヴェイルがわずかに上昇し、リングの外縁すれすれを突き抜けていく。


 空中で、二頭のドラゴンが肩を並べる。


 ゴールゲートまで残り十数メートル。


 レンと少女エルナ、両者がドラゴンの首筋を叩き、必死に声をかける。


 場内が総立ちになり、観客が悲鳴のような歓声を上げた。


「いけえええっ!」

「ソラレーン! ヴェイル!」


 ゴールの瞬間、ヴェイルとソラレーンはほぼ同時にリングを抜けた。



 着地の衝撃が身体を揺らす――


 審判魔術師の旗が上がる。


 判定は、ゴール写真へ。


 場内がざわめきに包まれる。


 息を切らしながら、僕はヴェイルの首筋を抱きしめた。


「ありがとう、ヴェイル……本当に、よくやった!」


 ヴェイルは大きく息を吐き、満足げに空を仰いだ。


 最終順位の発表が、静まり返った会場に響き渡る。


 この瞬間、僕たちの戦いは終わり、結果がすべてを決める。

 

 だけど、勝ち負けだけじゃない。この空の上で、ヴェイルと僕は誰よりも遠く、高く、そして強くなれた。




 静寂。




 世界が一瞬だけ止まった。



 ゴールリングを駆け抜けた僕たちとソラレーンは、ほとんど同時だった。


 観客席も実況も息を呑み、誰もがモニターを見上げていた。



 審判の判定が下されるまでの数秒が、永遠のように長かった。


 

 魔法掲示板に「ゴール写真」が映し出される。



 青い稲妻のごときソラレーンと、銀灰の飛竜ヴェイル。


 その首元、ほんの指先ほど、ヴェイルの鼻先がゴールラインを越えていた。


『勝者――エントリーNo.18、ユウマ牧場・飛竜ヴェイル&騎手レン!』


 場内が割れるような大歓声に包まれた。


「やった……!」


 僕はヴェイルの首にしがみつき、声にならないほど叫んだ。


「ヴェイル、勝ったよ! 君が……君が、一番だ!」


 ヴェイルが大きく翼を広げ、空に向かって高らかに吠えた。


「ギャオオオオオッ!!」


 その声は、空を裂き、村全体に響き渡る。


 観客席ではユウマ様が両拳を握りしめ、シャムシェが思い切り手を振っている。

 

 子どもたちが竜の旗を振り、村の人々が名前を呼ぶ。

 

 そのすべてが、僕たちに降り注いでいた。


 最後に勝ったのは、速さだけじゃない。

 

 勇気、誇り、信頼、全部を込めて、ヴェイルが自分の空を掴んだ瞬間だった。


「ありがとう、ヴェイル。……僕はもう、何も怖くない」


 ヴェイルは優しく僕の肩を鼻で押し、僕たちは静かに、ゆっくりとゴールエリアへ歩いた。


 その背中は、大きく、堂々としていて。


 村のみんなが拍手で迎える中、ユウマ様が走ってきた。


「おめでとう、レン! ヴェイル!」


 僕はうなずきながら、涙を堪えきれなかった。


「僕たち、やりました……!」


 空には、銀の翼が誇らしくきらめいていた。

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