収穫と祝祭 ―小さな祭りの始まり―

 風が吹き始める頃、カガミ村の畑は緑から黄金へと色を変えていた。


 背丈ほどに伸びた稲穂が実り、その隣ではサツマイモ、カボチャ、豆、様々な作物が豊かに育っていた。どれも、牧場整備魔法と人の手によって育まれた命だ。


「見てください、竜人様! こんなにたくさん!」


 腕いっぱいにサツマイモを抱えたカナエが、泥だらけの笑顔で駆けてくる。


 綺麗な服が汚れても気にしないほどに嬉しかったのだろう。


 子供たちはわいわいと賑やかに、芋掘りに興じ、大人たちも腰に手を当てながら感慨深げに畑を眺めていた。


 自分たちで育てた作物を、収穫する。


 それが生きているという証になる。


 村にとって初めての「成果」だった。


 その夜、カナエが俺のもとにやって来て、そっと告げた。


「竜人様。村人たちと話し合って、ささやかではありますが、収穫のお祭りを開こうと決まりました」


 カナエの白装束には秋の葉が一枚、飾られていた。


「祭り?」

「はい。竜人様に感謝を込めて……そして、この村の再生の第一歩を祝うための、ささやかな祭りです」


 俺は少し戸惑ったが、カナエの目はまっすぐだった。


「なら、俺も全力で参加しないとな」


 その言葉に、彼女はぱあっと笑みを浮かべた。


「ありがとうございます!!!」

「いや、俺も一緒に喜びたいからね」


 カガミ村の広場が、祭りのために飾りつけられた。


 色とりどりの布が木々に巻かれ、地元で採れた花々が道沿いを彩っている。


 祭りの日に合わせて、俺とレンは催し物を出すことにした。


 そのために三匹に協力してもらう。


 最初に登場したのは、空を舞う飛竜ヴェイルだ。


「ヴェイル、飾りの準備はいいか?」

「ギャオッ!」


 牧場で作った紙飾りを口にくわえ、ヴェイルは空へ飛び上がった。まだ長時間は飛べないが、滑空する程度なら安定してできるようになった。飛び上がって、飾り付けをしてくれる。


 彼は空から花びらと紙飾りを巻きながら、村の広場を旋回する。


「きゃー! きれい!」

「竜人様のシルバードラゴンだ!」


 村人たちが歓声を上げ、子どもたちがヴェイルを追いかけて駆け回る。


 次に現れたのは、ポポコだった。


「……ブオッ!」


 牧場から大量の食料を運んできてくれた。


 彼の前には、村人たちが作った芋以外にも、祭りのために俺が倉庫から取り出した野菜がポポコが運ぶ積荷に乗って舞台に運ばれていく。


 運ばれてきた野菜を村人と食べる大鍋に入れて、収穫された芋とともに煮ていく。


 最初はポポコも料理を見学していたのだが、気づけば子供たちにせがまれ、ポポコも巨大な前脚で鍋をのぞこうとしていた。


 子供たちを乗せても全く動じることのないパワーに、村人たちの歓声は一段と高まった。


「ポポコ、凄いぞ!」

「ブオオオ!」


 彼が子供を乗せて走れば、歓声が上がる。


 そして夜が近づき、祭りの締めくくりの時間がやってきた。


 広場の中央に設けられた舞台に、カナエが巫女装束をまとって立った。白と朱の衣が、篝火に照らされて揺れている。


「竜人様……。これが、私の感謝の舞です」


 カナエの手が空に伸び、足が地を打つたびに、静かな鈴の音が響いた。


 レンと同じ幼さでありながら、巫女として魔力を纏った舞を披露する。


 そんなカナエにリュナが協力するように池から水を汲み上げ、その舞台を取り囲むように水の弧を描く。


 煌めく水から虹ができて、それらが月明かりで幻想的に映し出される。


 レンは、カナエにみほれている様子で、呆然としていた。


「レン、村に帰った感想はどうだ?」

「不思議です。前はここにいることが本当に嫌でした。みんな死んだような目をして。だけど、ユウマ様が竜人様として降臨してくれたおかげで、みんなが活気を取り戻しました。ありがとうございます」


 水面に反射して、星の川のような光景が広がる。


 俺は、静かにその光景を見つめて、レンの頭を撫でてやる。


 彼の勇気ある行動が、俺をカガミ村に導いた。


 心が、不意に過去へと引き戻される。白衣を着ていた日々。


 忙しくて、こんなにのんびりと祭りを楽しむことはなかった。


 ドラゴンと人が共存する。それが目の前で広がっていくように感じる。


 無念で苦しみにくれていたあの頃。


 でも今は、ここにいる幸せを感じる。


 命を育て、喜びを共にし、誰かの未来を見守る立場として。


 頬を、風が撫でた。


「竜人様……?」


 舞を終えたカナエが、こちらに歩み寄る。


「ごめん。少し、昔を思い出してた」

「泣いて……いらっしゃいますか?」

「……泣いてたかもな。でも、嬉し涙だよ」


 カナエはそっと手を伸ばし、俺の袖を握った。


 祭りの終わりを告げる鐘が、村に鳴り響いた。


 その音の中で、村と牧場が、確かに一つになった。


 焚き火を囲み、誰もが笑い、竜たちもその輪に加わる。


 カガミ村と俺たちの牧場は、一つの「共同体」として、新たな一歩を踏み出した。


 住民はドラゴンを崇め、尊敬を持って接している。


 ここに住む者たちなら、ドラゴンが成長して暮らしていく際に、協力してくれそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る