村に芽吹くもの ―農と生活の再生―
三ヶ月の間に成長したのは、ドラゴンたちだけではない。
カガミ村の朝は、土の香りとともに始まる。
牧場整備魔法が村の水路と排水設備を整えたことで、かつて乾ききっていた畑が、ほんのりと湿り気を帯びている。
村人たちは、整地された小さな区画に列を作り、土を耕し、種を撒き始めていた。
鍬を握る手には、かすかに震えがあったが、それは不安ではなく、久しぶりの希望の感触だった。
「……芽が、出た……!」
一人の子供が叫ぶ。その指の先、小さな双葉が土を押し上げていた。
「そっちも見てください! 稲です、稲が……!」
田のように整えた一角では、青々とした稲が陽に照らされ、風に揺れていた。
「まさか、この村で米が作れるとは……」
呟いたのはローだった。
彼はあれから若返りすぎた結果、今では三十代後半にしか見えない肉体となっている。しかし、見た目と気持ちのギャップが埋まっていないらしい。
「よし、私も手伝おう! むっ、むむ……足が速すぎる……!」
鍬を持って田を駆けようとして、勢い余って全力疾走してしまっている。
そんな村人の姿はローだけでなく、多くで見られる。
食量の提供などもしばらく行っていたので、村全体に活力が戻っていた。
「長老! ぶつかる!」
「わー! 止まらぬぅぅ!」
バシャァン! 一部は元気すぎるようだ。
稲の田んぼにローが突っ込む音が響き、しばしの静寂の後。
「……若い体というのは、なかなかに制御が難しいものですじゃ……」
泥だらけの顔で立ち上がったローに、周囲から笑いが起きた。
その笑いは、以前なら聞けなかったものだ。誰もが疲れた顔をして、ただ毎日を生き延びるだけだった。今では、笑う余裕がある。冗談を交わす。
それだけで、村の空気が変わっていた。
「竜人様がくれた幸せを噛み締められています」
「元々、君たちが持っていたものだよ」
「それでも私は見たことがありません」
巫女として他の子達よりも、教育を受けて、服装や食事を優遇されてきたカナエは、代わりに期待と責務を背負って生きてきたのだろう。
幼い中に大人のような雰囲気を持つ子だ。
だからこそ、俺はカナエの頭を撫でてやる。
「あっ!」
「カナエはよく頑張っているな」
「竜人様!」
「カナエは何か俺にして欲しいことはあるか? 個人的な頼みでもいいぞ」
カガミ村の案内人として、カナエは何かと俺の横にいることが多い。
「それでは竜人様。もしよろしければ、村の子どもたちに、学びの場を与えていただけませんか?」
「学びの場?」
「はい。この村では、文字も計算も満足に教えられる者がおりません。でも、未来を担う子たちには……どうか、生きるための知識を。そう思って……」
その目は真剣だった。
カナエが迷わず告げた言葉に、彼女という人物が伺えた。
「わかった、いいよ。教室を開こう」
かくして、村の倉庫の一角が急遽改装され、小さな教室ができあがった。
机は手作り。椅子もバラバラ。黒板代わりの板には、魔力で文字が浮かぶ仕組みにした。
カナエは生徒たちをまとめる役を買って出てくれた。
授業の第一回目は、俺が講師として立った。
「文字というのは、音を記すための記号だ。たとえば、あという音は、こう書く……」
俺の魔力が、空中にふわりと仮想の文字を描いた。
「おおおお……!」
「きれい……」
「しゃべってるのが、目で見えるんだ!」
子どもたちは目を輝かせた。
その後も、足し算、引き算。水の流れる方向の計算や、農業に必要な測量の基礎なども交えながら、教室は笑い声と驚きで満ちていった。
最初は理解できなくてもいい。
言葉を知り、計算ができるようになり、物事を学ぶことを楽しいと思ってくれるようにしたい。
勉強会は子どもだけに留まらなかった。
畑の配置や水路の整備には、計算力と計画性が必要であるとわかった大人たちも、仕事の合間に教室へ顔を出すようになった。
カガミ村は、確実に変わりつつある。
農が息を吹き返し、生活に余裕が生まれ、学びが広がる。
そのすべての始まりだ。
たった一匹の老竜の卵だったというのだから、命の巡りというのは本当に不思議だ。カガミ村に来るたびに、卵には魔力を注いでいる。
一ヶ月が過ぎて、小さくて白い竜が生まれた。
カナエを世話役として、竜人の巫女としての役目を正式に行えるよになっている。
カガミ村の守護竜にも名前をつけた。
「ハクレイ。お前はハクレイだ」
名付けをすると、三匹ほどの魔力が奪われることはなかったが、かなりの魔力を注ぎ込んだ。
カガミ村は次第に変わりつつある。
夕暮れになって、畑を見下ろしながら、そっと呟いた。
「この村は、どんどん発展していくな……」
風が、耕された大地を優しく撫でていく。笑い声と土の匂いが混じり合い、未来という名の芽が、確かに息づいていた。
のんびりとした景色でありながら、成長していくのが伝わってくる。
「竜人様〜!」
山へ戻る俺を、カナエが嬉しそうに呼んで見送ってくれていた。
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