第4話 双頭の狼の誓い (4/10)

# 双頭の狼の誓い


## 血と炎の夜


十年前、王国エルドリアの辺境、黒棘の森。


赤い月が空を覆い、魔獣の咆哮が骨を震わせた。

魔王ゼルガドンの封印が弱まり、眷属の魔獣が森から溢れ、村々を血と灰に変えていた。


銀狼の牙の若き戦士、ロウエンとカイルは、騎士団を率いて黒棘の森へ踏み込んだ。

任務は、魔獣の群れを殲滅し、封印の要石を守ること。

だが、森の空気は重く、誰もが感じていた――この戦いは、死の淵そのものだ。


「カイル、空が血の海だ。まるで俺たちの墓標みてえだな」


ロウエンが剣を肩に担ぎ、笑う。


「不吉だ。だが、俺たちがその血を止める」


カイルは兜の下で目を細め、静かに答えた。


二人は拳を合わせ、剣の柄に縫い込まれた双頭の狼の刺繍を見つめた。

騎士団入団時に施した絆の証。「どんな闇も、俺たちで切り開く」と誓った印だ。


団長ガルドリックが巨剣を振り、吼える。


「行くぞ、銀狼の牙! 化け物どもの心臓を抉れ!」


セリナが弓を構え、毒舌を吐く。


「ロウエン、無茶して死ぬなよ。死体処理は面倒だ」


バルドが槍を握り、酒臭い笑みを浮かべる。


「戦った後には大酒だ! 地獄でも飲んでやるぜ!」


ミリアが癒しの魔術を準備し、震える声で呟く。


「皆さん…どうか…生きて…」


ゼクは無言で双剣を構え、カイルの影のように立つ。


銀狼の牙の40名は、闇の森へ突入した。


## 魔獣の地獄


黒棘の森の奥、封印の要石が安置された古の祭壇。

そこに魔獣の群れが殺到していた。

双頭の熊が地面を裂き、毒を吐く大蛇が木々を溶かし、翼を持つ狼が空を切り裂く。

その数は数百を超え、闇が牙と爪をむき出した。


騎士団は陣を構え、魔獣を迎え撃った。

ロウエンが先頭に立ち、剣を振るうたびに血と肉が飛び散った。


「来い、化け物ども! 俺が地獄に送り返してやる!」


カイルは後方から指揮し、弓兵と槍兵を動かす。


「隊列を維持しろ! セリナ、蛇の目を潰せ!」


セリナの矢が大蛇の目を貫き、血が噴き出す。

バルドの槍が熊の脇腹を抉り、骨が砕ける音が響く。

ミリアが負傷者に癒しの魔術を施すが、血だまりの中で騎士たちが次々と倒れる。

ゼクが双剣で魔獣の首を刎ね、カイルの側を守る。

ガルドリックの巨剣が熊を両断し、咆哮が森を震わせた。


「これが銀狼の牙だ! まとめて血の海に沈めろ!」


ガルドリックが吼える。


だが、魔獣の数は尽きない。

騎士たちが毒霧に咽び、爪に引き裂かれる。

一人が蛇の牙に貫かれ、血を吐きながら沈む。

もう一人が熊の爪に胴を裂かれ、断末魔が響く。

騎士団の半数が瞬く間に血と肉の塊と化した。


「くそったれが!!」


バルドが毒霧に咳き込み、槍を握り直す。


## 黒炎の巨狼


その時、祭壇の要石が不気味な光を放ち、地面が震えた。

黒炎の巨狼が姿を現す。

馬車よりも巨大な体、吐息で木々が燃え尽き、爪の一撃で岩が粉砕される。

赤い目が騎士団を嘲笑い、咆哮が魂を凍らせた。


「カイル、あいつが頭だ! 倒せば流れが変わる!」


ロウエンが巨狼に突進する。


「待て、ロウエン! 一人じゃ死ぬぞ!」


カイルが叫ぶが、ロウエンの耳には届かない。


巨狼が動いた。

瞬時に戦場を駆け抜け、稲妻のような速さで騎士団に襲いかかる。

爪が空を切り、騎士たちを一瞬で引き裂く。

血が噴き、肉片が宙を舞う。

尾の一撃が地面を抉り、三人の騎士が骨を砕かれて血だまりに沈んだ。


「なんて速さだ…!」


カイルが剣を構えるが、巨狼の吐息が炎の嵐を巻き起こす。

木々が爆ぜ、騎士の体が黒焦げに変わる。

ロウエンが剣を振り、巨狼の脇腹を切り裂くが、鱗は浅い傷しか許さない。

巨狼の反撃がロウエンを吹き飛ばし、鎧が砕けて木々に叩きつけられる。


「ロウエン!」


カイルが駆け寄り、巨狼の突進を剣で受け止める。

刃が鱗に食い込むが、巨狼の力が圧倒的。

カイルの足が地面に沈み、骨が軋む。


セリナの矢が巨狼の目を狙うが、鱗に弾かれる。


「くそっ、まるで鉄壁だ!」


バルドが槍を振り、巨狼の脚に突き刺す。


「動け、化け物! 俺の槍で串刺しだ!」


だが、巨狼の爪がバルドを薙ぎ払い、彼は血を吐きながら倒れる。

ミリアが癒しの魔術を放つが、炎と毒霧が彼女を押し潰す。

ゼクが双剣で魔獣の首を刎ねるが、巨狼の咆哮に動きが止まる。


ガルドリックが巨剣を振り、巨狼に突進。


「貴様ごときが銀狼の牙を止められるか!」


巨剣が巨狼の肩を砕くが、炎がガルドリックを包む。


――突然、巨狼が動きを止めた。

戦場の血と炎の中で、巨体が不気味に静止する。

赤い目が騎士団を睨み、尾がゆっくりと地面を叩く。

低く唸る声が空気を震わせ、まるで嵐の前の静けさのように、ただならぬ殺気が森を包んだ。


「…何だ、この気配…?」


カイルの声が震える。

剣を構えたまま、背筋に冷たい汗が流れる。


ロウエンが血を拭い、立ち上がる。


「くそ…何を企んでやがる…?」


ガルドリックが巨剣を地面に突き、息を整える。


「全員、構えろ! こいつ、ただじゃ済まねえぞ!」


セリナが矢を番え、唇を噛む。


「この殺気…まるで死そのものだ…」


バルドが槍を握り直し、毒霧に咳き込む。


「地獄の門でも開く気か…?」


ミリアが震えながら魔術を準備する。


「怖い…」


ゼクが無言で双剣を構え、巨狼の目を睨む。


巨狼の鱗がカチリと鳴り、赤い目が一瞬輝いた。

殺気が頂点に達し、戦場が凍りつく。

騎士の一人が恐怖に耐えかね、叫び声を上げた。


「もう…だめだ…!」


その瞬間、巨狼が動いた。


巨狼の爪が雷鳴のように振り下ろされ、騎士たちを一撃で粉砕。

血と骨が飛び散り、地面が赤く染まる。

尾が旋風を巻き起こし、木々に叩きつけ、鎧が砕ける音が響く。


「くそっ、止まらねえ…!」


ロウエンが剣を振るが、巨狼の炎が彼を焼き、鎧が赤熱する。


カイルが突きを放つが、巨狼の鱗が刃を弾く。

巨狼の前足が地面を叩き、衝撃波がカイルを吹き飛ばす。


ガルドリックが巨剣で巨狼の脚を狙うが、巨狼の咆哮が彼を怯ませる。

爪の一撃がガルドリックの胸を切り裂き、巨漢が血を吐きながら膝をつく。


「まだ…終わらん…!」


ガルドリックの巨剣が地面に沈む。


セリナが矢を放つが、巨狼の尾が彼女を直撃。

血を吐き、弓が折れて倒れる。


「くそ…こんな…化け物…!」


バルドが槍で巨狼の目を狙うが、毒蛇の牙が彼の肩を貫く。

毒に顔を歪ませ、魔獣の群れに飲み込まれる。


「この…野郎ッ…!」


ミリアが癒しの魔術を放つが、双頭の熊が彼女に襲いかかる。

爪が背中を切り裂き、悲鳴を上げて崩れ落ちる。


「ごめん…なさい…」


ゼクがミリアを守るため双剣を振るが、巨狼の炎が彼を包む。

血が噴き、双剣が地面に落ち、闇に沈む。


戦場は血と肉の海。

騎士たちは次々と倒れていく。ガルドリック、セリナ、バルド、ミリア、ゼクは血まみれで動かない。

炎と闇が視界を閉ざし、何も見えない。


「みんな…!!」


ロウエンの声が震える。


「ロウエン、要石を壊すんだ! やるしかない!」


カイルが剣を握り直す。


## 誓いの刃


ロウエンとカイルは背中合わせに立ち、巨狼を挟み撃ちにする。

ロウエンの剣が嵐のように鱗を切り裂き、カイルの突きが急所を狙う。

だが、巨狼の鱗は鉄壁だ。


「カイル、俺が隙を作る! お前が仕留めろ!」


ロウエンが巨狼の顔に飛び込み、剣を振り下ろす。

刃が目をかすめ、巨狼が後退。

カイルが全力を込めて突きを放ち、心臓を貫く。


「グオオオオ!」


巨狼が断末魔を上げ、倒れ込む。

だが、巨狼の死体から黒い霧が溢れ、要石に吸い込まれる。

祭壇が震え、地面が裂け、封印が崩壊する兆候を見せる。


「なんだ、この光…!」


カイルが叫ぶ。

魔獣の群れがさらに押し寄せ、戦場は地獄と化す。


「ロウエン、要石を壊せ! 封印が破れる前に!」


カイルが叫ぶ。

ロウエンが血まみれの笑みを浮かべる。


「やっぱり、お前と一緒なら何でもできるな」


二人は祭壇へ突進するが、魔獣の壁が立ちはだかる。

ロウエンが剣を振り、道を切り開く。

カイルが魔獣を仕留める。

だが、数が多すぎる。

ロウエンの肩に爪が食い込み、カイルの脇腹を牙がかすめる。


「ロウエン、このままじゃ全滅だ! お前は要石を!」


カイルが叫び、魔獣の群れに突っ込む。

剣が敵を切り裂き、ロウエンへの道を開く。


「カイル、無茶すんな! 俺も…!」

「いいから行け! お前ならできる!」


カイルの声に押され、ロウエンが祭壇へ走る。

カイルは魔獣の群れに飲み込まれ、血が噴き出す。

ロウエンが要石に剣を振り下ろす瞬間、背後でカイルの叫び声が響く。


光が爆発し、祭壇が崩壊。

魔獣の群れが霧となって消え、森に静寂が戻る。

だが、戦場は血と肉の海。

騎士たちの死体が跡形もなく散らばった。


## 砕けた魂


ロウエンは森の奥で目を覚ました。

血と炎の匂いが鼻をつき、仲間たちの姿はどこにもなかった。

双頭の狼の刺繍が縫われた剣だけが、血だまりに沈んでいた。


「カイル…みんな…どこだ…」


ロウエンは這いながら剣を握り、立ち上がった。

部隊を率いたリーダーとして、仲間を守れなかった自責の念が彼を締め付ける。

封印は崩壊し、ゼルガドンの復活が始まったことを感じながら、彼は街へ戻り、酒場に身を沈めた。


双頭の狼の誓いは、重く心にのしかかる。

だが、赤い空が再び吠える時、運命は牙を剥く。

ロウエンの刃は、ゼルガドンの砦で再び試されるだろう。


(続く)

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